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世界一の長寿・高齢化社会、日本で広がる「認知症」。独自の視点から研究に挑み続ける。

vol.01 同志社大学生命医科学部 宮坂知宏 准教授

男女平均寿命と高齢者人口で、ともに世界一の日本。2025年には65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症になると推計されています。認知症の中でもっとも多いアルツハイマー病のメカニズム解明に独自の視点から挑み続けているのが、同志社大学生命医科学部・医生命システム学科の宮坂知宏准教授。「認知症の研究は、まだまだ未知なるフロンティア。新たな一点を探し出すために日々、研究を積み重ねています」。宮坂准教授が研究者として見つめる、これからの認知症研究の可能性とはー。

−−長寿化と高齢化が進む中、誰もがなりうる認知症はとても身近な病気です。宮坂先生は、どのような経緯で研究を始められたのですか?

脳の研究はまだ解明されていないことがたくさんある、いわば未知のフロンティアです。研究者にとってすごくロマンがある領域です。僕は元々、薬学部の修士課程で「脳虚血」という、脳に血液が行かなくなって神経細胞が機能を失ってしまう病気の研究をしていました。脳虚血を治療する薬を作ろうと一生懸命研究していましたが、ある時、「血液が脳に行かないと、薬も脳に届かない」ということに気が付きました。そこで「これは別の研究テーマに変えた方がいいな」と思い、いまだにメカニズムが解明されていない、しかもたくさんの方々が困っている病気の代表である「アルツハイマー病」の研究を志しました。
認知症全体がそうですが、年齢が上がれば上がるほど、発症のリスクは上がっていきます。長寿になり高齢化が進むということ自体は、人間が長く生きれるようになったという素晴らしいことなんです。なので、アルツハイマー病は人間が長生きする上でのちょっとした弊害、とも言えるかもしれません。

−−これまでに明らかになっているアルツハイマー病のメカニズムと、宮坂先生が取り組んでいる研究について教えてください。

アルツハイマー病の特徴を簡単に言えば、健康な人の脳にはない「変なもの」がたまることで発症します。この「変なもの」とは、「アミロイドβ(ベータ)」と「タウ」という2種類のタンパク質で、僕はこのうち「タウ」に着目しています。
先行している研究から、アルツハイマー病は最初にアミロイドβが脳内にたまり、さらに時間が経つとタウが溜まってきて、やがて神経細胞の機能が失われるー、という順番で起こると考えられています。これは「アミロイドカスケード仮説」と呼ばれている考え方です。カスケードとは小さな滝がいくつも連なっていくことを指しますが、まさに滝が連続するように病気に流れていくという仮説です。今、世界で主流となっている研究はこの仮説に基づいて「脳の中で『最後の滝』が広がらないように抑えよう」というものです。
一方で、僕が取り組んでいるのは「連なった『滝』のなかで『タウの異常がはじまる最初の一個』を止めよう」という研究です。僕たちの研究室は世界のビッグラボに比べれば小さな集団です。その中で自分たちの個性を出して、しかもインパクトがある成果を出したい。そのためには、みんなが注目していないところにあえて挑戦しに行くという独自の視点が、絶対に必要だと思っています。

アルツハイマー病の脳の顕微鏡画像。黒っぽい部分がリン酸化したタウ(宮坂知宏准教授提供)

−−脳内でタウに起きているメカニズムを解明すれば、アルツハイマー病の予防につながるかもしれない、という可能性があるのですね。

アルツハイマー病をはじめ認知症の主な原因は、神経細胞が機能を失ってしまうことにあります。脳内で起きている「滝のつながり」をどこか一点で止めることができれば、神経細胞の機能が失われるのを防ぐことができるかもしれません。
通常のタウは、僕らの頭の中に正しい状態で存在しています。タウは、たとえるなら建築資材のようなものです。脳が発達していく周産期にたくさん作られ、その後はストップします。ところが、成長してすでに出来上がっている脳でも、これ以上は必要ないタウが作られてしまう可能性があります。
マウスを使った実験で、不要なタウを作らせると「リン酸化」という変化をした状態で神経細胞の細胞体や樹状突起にたまる「異常局在」というアルツハイマー病の脳で見られるような現象が再現されることを確かめました。もしかしたら、よく似た現象が人の脳でも起こっているかもしれません。これを証明するのは大変なのですが、色々な方法で研究を進めているところです。
現在でもアルツハイマー病の原因や仕組みについては、実はほとんど分かっていないのです。ある一点一点では「そうだろうな」という結果があるだけで、点と点が結ばれていない状態です。点と点がつながる特に大事なところを、僕らが研究を通して解明していければ、その結果から世界の製薬会社がアルツハイマーの薬を作り始めるかもしれない。製薬会社は企業としての利益を確保しなければならないという状況で、新しい挑戦はなかなか難しい面があります。10年後20年後の薬の種になるような、新たな一点をサイエンスで探すことこそ、アカデミアである大学の責務だと思っています。

−−より良い未来へ向けて、まだ分からない謎に挑戦することが、大学で研究することの意義でもあるのですね。

大学とは本来、自分が突き詰めたい勉強や学問をやるところだと思います。学問は、最初は知識を得るところから始まりますが、その次のステップでは、未来に向けた新しいものを発見するということが中心になってくる。それが、いわゆる「研究」につながっていきます。研究の中で実験に取り組みますが、実験はなかなかうまく行かないんですよ。でも、年に数回かもしれないけれど、スマッシュヒットみたいな結果が出た瞬間は最高に楽しい。学生たちにも大学での研究を通して、うまく行くことだけでなく、うまく行かないことも含めてたくさんの経験を味わって欲しいと思います。
研究の意義というのは両面あって、常に社会貢献を意識するのと同時に、やはり自分が面白いと思うことを突き詰めて欲しい。学生に一番持ってほしいモチベーションは「自分が何したいか、何に興味を持っているか」ということです。学生が興味を持っていることを、社会の役に立つ方向に進めていくのが僕の役目だと思うので、そういう研究チームでありたいと思います。

−−総合大学である同志社大学で医療系の研究に取り組むことの特長は、どういったところにありますか?

生命医科学部の「サイエンスコミュニケーター養成副専攻」では、文学部、経済学部、法学部、社会学部と、文理を横断して多様な研究分野の先生に教わります。今の時代は、サイエンティストとしてきちんと説明できるスキルを持つことはとても重要です。この授業の狙いは、一般の方々に科学を分かりやすく伝えられる人たちを養成しようというものです。
研究の現場は、実はものすごくミクロで専門的な世界です。取り組んでいる研究のことを厳密に説明しても、ほとんどの人が分からない。だからこそ学生たちには、常に俯瞰的にマクロな視点から、社会の中で自分たちがどこにいるのか、研究対象である病気全体の中でどこを担っているのかを、意識して取り組むべきだと伝えています。
研究の中には「すぐに役立つ」というものもたくさんあると思いますが、僕が今取り組んでいるアルツハイマー病の研究は、製薬会社の人が聞いても「これで本当に薬が作れるのかな?」と思うかもしれません。ですが、研究の結果がどうなるかは、将来その時になってみないと分からない。一緒に研究に励む学生たちには、「研究というのは、こういう風にやるんだ」ということを学び、世界に出て活躍して欲しいと思います。

宮坂知宏(みやさか・ともひろ)
同志社大学 生命医科学部医生命システム学科 准教授

1972年生まれ、東京都出身。日本大学薬学部卒、北海道大学大学院薬学研究科修士課程修了・同大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。理化学研究所研究員、東京大学助手を経て、2007年より同志社大学で勤務。2018年に設立された同志社大学神経変性疾患研究センターのセンター長を務める。趣味は魚釣りと料理。

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