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角膜の病気で苦しむ人に研究を通して希望の光を。大学発ベンチャー企業のチャレンジ。

vol.03 同志社大学 生命医科学部 医工学科 奥村直毅 教授

角膜の病気に苦しむ世界中のすべての患者さんが、希望の光を取り戻せるように。眼科医としての臨床経験を活かし、研究で「アンメット・メディカル・ニーズ」に挑戦する奥村直毅教授。「アンメット・メディカル・ニーズ」とは、有効な治療法が見つからず満たされていない医療ニーズのことを指す。 研究室で生まれた種を大きく育てて患者さんの元へ届けたいと、同志社大学発のベンチャー企業を設立。研究成果の社会実装を通して、医療課題の解決を目指している。奥村教授が思い描く「角膜移植に代わる、眼科医療のこれから」とは-。

--奥村教授は研究者として、また、眼科医として長年、角膜内皮疾患の研究に取り組んでおられます。そもそも角膜とは、どういった器官なのでしょうか?

角膜というのは、眼球の前面にある透明な組織です。いわゆる「黒目(くろめ)」と呼ばれる部分で、車で例えるとフロントガラスにあたります。外部からの光を目の中に取り込むために、透明でなければなりません。角膜の内側にある細胞が「角膜内皮」で、角膜を透明に保つため欠かせないものです。
透明な組織というのは身体の中で非常に珍しく、角膜と水晶体の2つくらいしかありません。水晶体が濁ると白内障という病気になりますが、これは手術によって完全に透明に戻ります。ですが、角膜が濁ってしまった場合は、亡くなった方(ドナー)からいただいた角膜を移植して、健康な角膜に入れ替える「角膜移植」が必要となります。角膜内皮が傷むことは角膜移植の大きな原因のひとつです。
提供される角膜は世界中で大変不足しています。角膜移植を必要とする患者さんが70人いると仮定すれば、そのうち移植を受けることができるのはたった1人だけです。残りの69人は、とても悪い視力で人生を過ごさざるを得ません。この状況を研究によって解決したい、というのが私たちのスタートラインです。

--角膜移植を待ち望んでおられる患者さんにとって、大きな希望につながる研究ですね。具体的な内容について教えてください。

現在の角膜移植は、1人のドナーから提供される右目と左目の2つの角膜を、それぞれ2人の患者さんに移植するというものです。私たちは、より多くの方々が角膜移植を受けられるように、研究室の中で角膜を培養して増やそうと考えました。
京都府立医科大学の大学院に在籍していた2006年から、角膜の再生医療の研究を始めました。現在では私たちが取り組んでいる技術を用いることで、ドナー1人の角膜から、50〜100人ほどの患者さんに移植できる量の角膜の細胞を増やすことが可能になりました。計算上は、世界中の角膜移植の課題だった角膜不足が、これで完全に解決できることになります。

--世界の角膜移植の課題を解決する、まさに画期的な研究の成果ですね。

研究を続けてきた中で、すごく大きな技術的なブレイクスルーがありました。当初は、シート状に培養した細胞を角膜内皮に移植するという方法を考えていました。
2010年に、同じ再生医療の領域で注目されていたES細胞に関する研究で「ES細胞を培養する際にROCK阻害剤(※注1)を用いると細胞死を抑えられる」という論文が発表されました。それを知って私も「角膜内皮の細胞培養でも、細胞死が少なくなるんじゃないかな」と期待して、同じようにその薬剤を角膜内皮細胞で試してみました。数時間後に観察してみると、シャーレの中の細胞が、なぜかぺたぺたとくっついていたんです。全く予想もしていなかった発見でしたが、「目の中でも同じことが起きるのではないか」と直感しました。培養した細胞とROCK阻害剤を混ぜ合わせて目の中に入れ、速やかにくっつけるこの作用を活かせば、治療に使えるのではないか。「実現できれば、眼科治療の世界が変わる」と確信しました。

その後、2013年には同志社大学と京都府立医科大学の共同で、培養した細胞とROCK阻害剤を混ぜ合わせて患者さんの眼の中に注射して移植するという、世界初の臨床研究を開始しました。発端は偶然でしたが、その後も研究を続けたことで、角膜移植の新たな治療法の確立につながりました。
私は眼科医として、京都府立医科大学の研修医のころから角膜移植を近くで見て学んでいました。 失った光を再び取り戻す角膜移植は、もちろん素晴らしい治療です。しかし一方で、ドナーから提供される角膜が不足しているために何年待っても移植を受けられない患者さんや、移植した角膜が再び白く濁ってしまい再移植が必要となるケースなど、医者として心痛める経験も少なくありませんでした。
医者であり研究者である私たちの強みは、「本当に現場で必要とされているものは何なのか」ということを、患者さんや医者の立場から発見して研究に生かせる点にあると思います。「アンメット・メディカル・ニーズ」という言い方をしますが、いまだ有効な治療法が見つからず満たされていない医療ニーズを、研究の力で埋めていく。それが私たちの研究の特色かもしれません。

--研究成果を社会に実装するために、同志社大学発のベンチャー企業「アクチュアライズ株式会社」を設立され、さらに広くその成果を届けようと注力されています。

「自分たちで研究開発したものを、患者さんの元に届けたい」というのが最大のモチベーションであり、目標です。大学で生まれた研究の種を実際に社会に提供していくために、大学発のベンチャー企業には大きな意味があります。
同志社大学としてベンチャー企業を創設するというのは初めてに近いことで、解決しなければならない課題はたくさんありました。私たちの掲げるビジョンを理解してもらい、多くの学内関係者のサポートを受けながら、ひとつずつ課題を解決して進んでいます。アクチュアライズ株式会社には、元は製薬メーカーで研究開発に従事されていた方や、新薬の承認手続きのプロフェッショナルの方が参画しています。私たちが掲げる目標に賛同し、志を同じくする人たちが集まっています。

現在、角膜内皮の細胞を培養する再生医療のほかに、世界の角膜移植を必要とする原因の40%を占める「フックス角膜内皮ジストロフィ」という病気を治療するための点眼薬の研究開発にも取り組んでいます。日本人には比較的少ないので馴染みが薄いかもしれませんが、欧米では40歳以上の4%の人がかかる目の病気で、確たる治療法はまだありません。
ドイツの共同研究チームとともに、病気のメカニズムの解明に挑みました。患者さんの目から角膜移植のために取り除いた角膜内皮を日本に送ってもらい、細胞を大量に増やして病気の特徴を徹底的に解析しました。「疾患モデル細胞」と呼ばれる細胞を作って大量の種類の薬を試す中で「シロリムス(※注2)」という薬が有効だと発見しました。
シロリムスの点眼薬は現在、国内の大手製薬会社と一緒にアメリカで治験を行なっています。

--研究の成果がグローバルに広がっているのですね。学生にとっても、世界を見据えた大きな挑戦に携わることは、視野を広げる良い経験になりそうです。

日本だけでなく、世界の国々の研究者らとやりとりする機会は、学生たちにも良い刺激になっていると思います。「英語ができる」といった次元の話ではなく、「人種も年齢も立場も全部が違う中で、事実や理論を駆使しながら英語で議論する」ということを学べる、貴重な体験だと思います。
研究の力って、すごく大きいんですよ。「ゼロのところに1を作り出す」というのが研究の力です。研究によって「何か問題があるならば、真っ向から問題に挑戦して解決する」ということができるんです。さらに学生たちには、「アントレプレナーシップ」(起業家精神)を持ってほしいですね。大学での学びを通じて、これからの社会を良い方向に変えていくことに、ぜひ挑戦してほしいと願っています。

(注1)細胞質に存在してさまざまな制御を行う重要なリン酸化酵素Rhoキナーゼ(ROCK)が活性化することを阻害する薬剤。
(注2)1972年にイースター島の土壌から見つかった放線菌から単離された。mTORというタンパク質を標的としてそのシグナルを阻害する。

奥村直毅(おくむら・なおき)
同志社大学生命医科学部教授

2001年京都府立医科大学卒業、京都府立医科大学眼科学教室に入局し、眼科研修医としてトレーニング。その後、眼科医師として診療・手術に従事。2010年京都府立医科大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士、日本眼科学会認定眼科専門医。ライフワークとして角膜疾患の新しい治療法の開発に取り組んでいる。2020年より同志社大学生命医科学部教授。趣味はマリンスポーツ。


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