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災害時に誰一人取り残さないために、垣根を越えて福祉と防災の連結を。「福祉防災学」のこれから

vol.07 同志社大学 社会学部社会学科 立木茂雄 教授

ひとたび発生すれば大きな被害をもたらす地震、ゲリラ豪雨が引き起こす河川氾濫や土砂崩れー。私たちの暮らしは、さまざまな災害リスク(危険性)と隣り合わせで成り立っている。今後30年以内に70〜80%の確率で起きると予想されている南海トラフ巨大地震は、マグニチュード8〜9クラスの規模で最大32万人超の死者が出ると想定されている。防災のため適切な備えを築き、一人でも多くの命を救うことはまさに喫緊の課題だ。同志社大学社会学部社会学科の立木茂雄教授は、福祉と防災、双方の視点を融合した「福祉防災学」の研究者として、第一線で研究を続けている。「災害時に誰一人取り残さないために、私たちにはもっとできることがあります。今こそ、垣根を越えて福祉と防災が連結することが重要です」。立木教授が思い描く「福祉防災学」のこれからとはー。

--立木教授が「福祉防災学」に取り組まれるようになったきっかけを教えてください。

私は元々、社会福祉の研究を専門としていました。転機となったのは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災です。当時、兵庫県西宮市にある大学で教えていましたが、大学近くの自宅も震災によって被害を受け、地震直後から大学キャンパスで避難生活を送ることになりました。
地震から数時間過ぎた頃、車を運転して尼崎市内にある実家の親の様子を見に行きました。その帰り道、大学のアメフト部の学生たちが交通整理をしているところに通りがかりました。阪急宝塚線の陸橋が地震で壊れて通行が寸断されている状況で、学生たちがドライバーに迂回を呼びかけていたのです。
翌日、交通整理をしていた学生に大学キャンパスで偶然出会いました。昨日のことを尋ねてみたら、「何かできることをやるのは、当たり前じゃないですか」と言われたのです。その言葉に、ガーンと頭を殴られたようなショックを受けました。
さらに驚いたことに、大学最寄りの駅まで電車が復旧していないにも関わらず、他にも大勢の学生たちが大学に続々とやって来ました。「被災した人たちのためにボランティアをしたい」と集まっていたのです。
学生たちの熱意に動かされ、大学内にボランティアセンターを立ち上げることになり、私も運営責任者のひとりとして参加しました。地震直後から4月中旬まで約3カ月間、延べ7500人の学生ボランティアを大学の周囲の14の避難所に派遣し、支援活動にあたりました。
自分自身が被災し、志のある多くの学生たちとともにボランティア活動を行ったことから、その後も被災者の生活支援に関わるようになっていきました。

--ご自身が震災を経験されたことで、当事者としても防災を意識されるようになったのですね。

阪神淡路大震災から1年半ほどは、仮設住宅に避難された被災者の生活支援に関心を寄せて、ボランティアを続けてきました。その後、97年5月から「被災者復興支援会議」のメンバーに加わりました。避難生活の現場に出向き、被災者の方々と対話しながら復興に向けた課題を見つけ出し、改善策を兵庫県知事に提言するという取り組みを続けました。復興支援会議は2015年3月まで続いたのですが、その中で自分にとって「福祉防災」というテーマが次第に中心的なものになっていきました。
被災者の生活支援には、現場で対応する「小売的な対策」と、法制度や施策に反映することでより多くの現場に生かす「卸売的な対策」があります。

一例を挙げると、阪神淡路大震災の当時、仮設住宅で暮らしている被災者の方が「湿気がすごい」と困っておられたことがありました。
原因の一つは、玄関にひさしが付いていなかったので、雨の時の出入りはずぶ濡れになってしまうこと。もう一つは、地面の上にそのままプレハブの建物を載せていたため、畳のすぐ下がむき出しの地面で、雨が降ると水溜りができるような状態だったのです。
不十分な住環境の改善するため、出入り口にひさしを設置すること、床下の排水対策を講じる必要があることを復興支援会議として兵庫県知事に提言しました。これを契機に兵庫県内全域の仮設住宅で改善がなされ、「卸売的な対策」へとつながりました。

--行政の支援策そのものを抜本的に改善することで、より多くの人たちに支援を届けることができるのですね。

個別の対策はもちろん大切ですが、「卸売的な対策」へと広げることで、災害による被害を未然に防ぐことにもつながります。
2011年3月11日に発生した東日本大震災で、津波によって10人以上が亡くなった市町村の状況を調査した時のことです。被害のあった岩手・福島・宮城の東北3県で、亡くなった方の中で障害がある方の割合を調べたところ、宮城県は他の2県に比べ死亡率が2倍近く高い傾向があることが分かりました。
実は当時、福祉行政が最も進んでいたのが宮城県でした。重度の障害があっても福祉サービスを活用しながら、自宅で暮らしている方がたくさんいらっしゃったんです。調査によって、日常生活を支えている福祉が防災につながっていなかったために、障害がある方が多数亡くなったのではないかー、という課題が浮かび上がってきました。

福祉と防災をつなげる試みとして、2016年4月から「災害時ケアプラン」と名付けた取り組みを大分県別府市でスタートしました。福祉サービスの利用計画を考える福祉専門職が防災の知識を身に付け、利用者が災害時に命を守るための方策をケアプランに盛り込もうというものです。この取り組みが実を結び、2021年5月に改正された国の災害対策基本法では、自力での避難が難しい障害がある方や高齢の方(災害時避難行動要支援者)について個別避難計画を作成することが、全国1741の市区町村の努力義務になりました。「誰一人として取り残さない」防災の実現に向けた大きな一歩と言えます。

--災害の現場で起きている事象を研究し、そこで見出した解決方法を広く共有することが、多くの命を守る取り組みにつながるのですね。防災の意識が高まるなか、今後の課題はどういったところにありますか?

災害対策基本法の改正によって、従来の福祉サービス利用者の方たちへの支援が充実した一方で、いまださまざまな事情から支援の手が届きにくい方もいらっしゃいます。例えば、配偶者間暴力(DV)から逃れるために子どもとシェルターで暮らしている方、在留外国人でビザが失効しオーバーステイになっている方やその家族、また、避難所の名簿に記入する性別が「男性・女性」しかないため公的な支援に頼ることを諦めているLGBTQの方々などです。
こういった孤立状態に置かれている方々に対しては、行政が福祉専門職とともに災害時の支援計画を策定するという枠組みは十分に機能しません。個別の事情があるマイノリティーの方々に関しては、これまでから当事者に寄り添ってサポートしてきたNPOやNGOの活動を行政が支援し、そのネットワークの中で災害時の避難計画を考えるという取り組みが求められます。

「誰一人取り残さない」防災の実現は、日本国憲法で保障されている基本的人権を守ることでもあります。ですが、とりわけ行政機関においては、これまで福祉部門と防災・危機管理部門が別々に業務を担い、十分な連携が取れていませんでした。言うなれば「晴れの日の福祉、雨の日(災害時)の防災・危機管理」という意識が根強くありました。今後は部門間の違いを超えた「全天候型の福祉防災」へと生まれ変わる必要があります。

(2023年7月11日発行 ハンケイ500m vol.74掲載)

立木茂雄(たつき・しげお)
同志社大学 社会学部社会学科 教授

1955年兵庫県生まれ。1978年関西(かんせい)学院大学社会学部卒。同社会学研究科修士課程修了、カナダ・トロント大学大学院MSW(マスター・オブ・ソーシャルワーク)、Ph.D.(ドクター・オブ・フィロソフィー)修得。1986年より関西学院大学社会学部専任講師・助教授・教授を経て2001年4月より現職。
専門は福祉防災学。とくに大災害からの長期的な生活復興過程の解明や、災害時の要配慮者支援のあり方など、社会現象としての災害に対する防災学を研究。趣味はBBQ・サウナ・薪割り。


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