サエキけんぞうの京都音楽グラフィティー

vol.01「満亭」

京都は奥が深すぎる。その日はちょうど京都にいて、朝、ザ・フォーク・クルセダーズ についての原稿を書き終えた。

1967年という、まだ日本のロックのカケラもない時代に「帰ってきたヨッパライ」という、頭脳がひっくり返るような曲を生み出したフォークル。このグループの故郷は京都だ。色々調べていくと、明らかにこの街が無くしては生まれない曲ということがわかる。京都でなかったら「オラは死んじまっただ?」というフレーズは生まれなかっただろう。実は京都の宿で眠ろうとすると、またこの街のどこかで、オカシなあんちゃんがヘンな音楽を生み出しているんじゃないか?と、うなされたりもする。

そのフォークルの加藤和彦さんにはサディスティック・ミカ・バンドなどの詞を書かせていただいたり、精神科医でもある北山修さんにアドバイスを頂いたり、ずいぶん可愛がっていただいた。彼らは常に大スターらしい、このうえなく愛らしい微笑をかわし てくれた。しかしその一方で、何やら僕などには追求不能な不思議な緊張感を漂わせており、お会いしたときにはいつも変な汗をかいた。実は僕が小学生の時に初めて買った アルバムはフォークルの「紀元弐阡年」だった。えらく楽しいが、その凄さにひとたび目を向けると、急にガケの存在に気づいたような深淵に驚かされる傑作。なんだかそこが「京都そのもの」で、文章を書くのもなかなかエライこっちゃなのだ。

なんとか原稿をしあげ大谷廟に参り(実は僕のご先祖はここに祀られているので、僕自身も京都と縁がないわけではない)昼飯を食べようと東大路通りを北進した。 京都のランチはいいものだ。小道に入ったら大抵、地元の人が好むおいしくて安い店がある。しかし、その日は歩けど歩けどそうした店に出会わない。「そうか、今日は日曜だった!」と気がついた頃には、三条まで来ていた。夜は賑やかな木屋町も日曜の昼ランチはひっそり、寝床に入ったおっさんのようにそっけない。濃厚になる敗色に焦りつつ、河原町に続く細い路地をかたっぱしから見ていくと、何番目かの路地奥のビルの一階に洋食の看板があるではないか。『満亭』。ちょっと古ぼけたビルだが、昔懐かしい洋食屋の風情だ。

「こんにちは!大丈夫ですか?」思い切ってドアをあけると、「はいはい」優しそうな老マスターと奥さんが迎えてくれた。そうとうに年季の入ったお店で、ふと店内を見ると多数の絵が飾ってある。壁という壁に20枚近くの絵があって、まるで絵に囲まれているような空間なのだ。しかもあまり見たことがない、にぶく光るような不思議な画風だ。

マスターおすすめの絶品カニクリームコロッケをいただき、一息ついたところで思い切って「これおじさんが描いたんですか?」と聞いてみた。「先代のマスターだった父が描いたんですわ。変わった画風でっしゃろ?漆(うるし)を使ってるんです。」「あまり聞いたことないやり方ですね。それは誰かに習ったんですか?」「いやいや、親父が自分で考えたんですよ。漆は乾くまでは大変で、塗っては乾かし、 乾かしては塗って、それはそれは時間かかるんですよ」 はあ?、それはまたえらい大層なお父様ですな。

画家がやっているレストラン、それもまた京都らしいといえるかもしれない…そんなことを思いながらふと入り口付近を見ると、京都新聞の切り抜きが目についた。見るとそこには、円山公園野外音楽堂で長年「宵々山コンサート」を行ってきた高石ともやさんの写真があった。記事には一緒に、高石さんのアルバム「高石ともやとザ・ナターシャー・セブン」(1972年)のジャケットになった仏像画と、穏やかそうなおじいちゃんの姿もあった。

「それ、おやじです」とマスターが言った。「この絵、ひょっとしてお父さんがお描き になったんですか?」「ええ、そうですよ」。いきなりの急展開に驚いていると、「高石さんはこの店によく来はります。高石さんだけじゃなく、昔は岡林信康さんとかも… 」とまるでマスターはお天気の話でもするように普通に話す。

えええ、そ、そんな! ザ・フォーク・クルセダーズから始まった一日は、昼にはフォークの2大神様、高石ともやと岡林信康へとつながった。今は60年代末なのか?
僕の京都のタイムスリップが始まった。 (続く)

サエキけんぞう

(撮影:松蔭浩之)

アーティスト、作詞家、1980年ハルメンズでデビュー、86年パール兄弟で再デビュー、作詞家として、沢田研二、小泉今日子、サディスティック・ミカ・バンド、ムーンライダーズ、モーニング娘。他多数に提供。著書「歯科医のロック」他多数。2003年フランスで『スシ頭の男』でデビュー、2012年「ロックとメディア社会」でミュージックペンクラブ賞受賞。最新刊「エッジィな男、ムッシュかまやつ」(2017年、リットー)。2015年ジョリッツ結成、『ジョリッツ登場』2017年、『ジョリッツ暴発』2018年、16年パール兄弟30周年を迎え再結成、活動本格化。ミニアルバム『馬のように』2018年、『歩きラブ』2019年、『パール玉』2020年を発売。
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