
vol.08 ロックに疾走する『磔磔』の夜、感じた「京都の懐の深さ」
京都のロックシーンを作り出している「原動力」――それは個性的なライブハウスだ。他の都市ではなかなかお目にかかれない、木造の古い酒蔵のライブハウスがその主力というのも、いかにも古都・京都らしい。一方の雄は、上京区の「拾得」であり、もうひとつは下京区の「磔磔」だ。いつか出てみたいと思っていたもののどちらともなかなかご縁がなく、5年ほど前にやっと「拾得」に「二人パール兄弟」(僕とギターの窪田晴男でやっているデュオ)で出演するチャンスが巡ってきた。そしてこの夏、「磔磔」にも天衣無縫な鬼才ピアニスト・武田理沙とやっている「ハルメンズNAKED」で出演することができた。
「磔磔」があるのは、下京区筋屋町。四条烏丸を二本下った仏光寺通から、東に向かって鴨川までの真ん中くらい、富小路通をちょっと下がった路地のくぼんだ所にある。周りは町家の建物もちょっと残るフツーの住宅街。「拾得」もそうだが、京都の街中で他の民家と同じ空気を呼吸しながら何気なく営業している佇まいには、京都ロックの根のはり方を見るようで感動的ですらある。一般にライブハウスというと地下の密閉された空間を持つ店も多いのだが、「磔磔」に入ってまず「おっ?」と思うのは、開放感と心地よいマッタリ感が絶妙にブレンドされた独特のその空間性。木造の壁や床には、ここで行われた数多くの夜の記憶にじっくり育まれたぬくもりある深みがある。2代目店主の水島浩司さんによれば、もとは日本酒の仕入れ蔵として使っていた大正時代の建物をそのまま使っているとのことで、築106年目という。
1974年、「磔磔」はレコード喫茶として誕生した。74年あたりはライブハウスにとっては始動直前で、71年頃から全国的に「ライブをするロック喫茶」のようなものはポチポチできていたが、まだ74年には「ライブハウス」という言葉はギリギリなかった。だから「磔磔」もロック喫茶としてスタートを切ったわけだが、恐らくただレコードを聴くだけでは建物がデカ過ぎたのではないだろうか? やがて78年には「ライブハウス」となり、スタンディングでは300人以上入れる小屋となった。
さすがに蔵だけあって、木造の梁はガシっと存在感を放ち、天井がめっちゃ高い。音が沁み通る木造&天井が高いということは、ロックに重要な「低音」が良く響くということを保証している。数多くのミュージシャンたちがこの小屋の音を賞賛しているが、さもありなん。ステージの反対側、中央の後方には階段があり、それを昇ると超広い楽屋スペースになっている。ゆったりしたソファーがバーンと何台も置いてある。ロック・スターはソファー! ドカーッと座ってドカンと演奏! こりゃ~、清志郎さんとか好きになるわ。
「磔磔」の名物といえば、壁一面に貼られたお店特製の手書きの看板群(ウェルカムボード)ではないだろうか。過去に出演した外国人アーティストを中心に、1階に引き続き2階の楽屋にも所狭しと飾ってある。ドクター・ジョン、ボ・ディドリー、ロス・ロボス、アルバート・コリンズ、ウィルコ・ジョンソン、ステイプル・シンガース、ミーターズ…凄いラインアップに思わず興奮。ソウルフルなカリスマ・アーティストたちが、楽しい自作ロゴで踊っていて(もちろん我らが忌野清志郎もいる!)、ステージにあがるとそんな看板の巨匠たちから「お前らしっかりやれや〜」とにぎやかに野次られているような気分にもなる。なんだかニューヨークのダウンタウン・シアターにでもいるかのようだが、ここは京都のど真ん中の住宅街。本場アメリカのショウ・ビジネスは移り変わりがメチャ激しくてR&Bやソウルの痕跡は街にあまり残らないけれど、京都にこの「磔磔」がある限り、永遠に彼らは看板から飛び出してくるのだ!
さて僕は今回、「ハルメンズNAKED」の相方であるキーボードの武田理沙とドラマー・吉田達也の二人の夏のツアーに、1日だけ入れてもらっての出演だった。僕と武田理沙との出会いは3年前で、「フランク・ザッパのカバーをする女性がいる」というザッパ・マニアの噂を聞きつけてYouTubeを見たら、難解なザッパ曲を自分流のアヴァンギャルドで弾きこなす女子がいた。クラシックの素養を生かしながら、ザッパやプログレ、ニューウェイヴを縦横無尽に弾き倒す彼女に驚き、2020年に僕のデビューバンド・ハルメンズの40周年ライブにオリジナルメンバーの上野耕路の後継として出てもらうことにした(ちなみにギターはポリシックスのハヤシにお願いした)。
実はこの日の「磔磔」でのライブが、「ハルメンズNAKED」として東京以外でライブするはじめての日でもあった。ハルメンズ曲のほか敬愛するセルジュ・ゲンズブールのカバーも何曲かやるため、僕の出で立ちはゲンズブール仕様の「スシ頭」にした(僕は2003年にゲンズブールのカバーでフランスデビューしたのだが、その時のアルバムタイトルがゲンズブールの「キャベツ頭の男」にちなんで「スシ頭の男」だったのだ)。
ハルメンズNAKEDは、そもそもまだ結成してまもないのだが、武田理沙のピアノと僕の歌という構成は即興性に溢れまくっているので、僕も含めライブをやるたびに新しい発見がある。この日、初めて演奏した「内分泌のカタストロフィー、思考機能の感覚代行〜♩」という歌詞から始まる「趣味の時代」は頭が破滅しそうにピアノが爆走し、そしてセルジュ・ゲンズブールの「リラの門の切符きり」では地獄をのぞくような風情…。そんなリハをしていたら「何かやりましょうか?」と吉田達也さんが飛び入りし、「僕は昆虫、無脊椎イ~~♩」と歌う「昆虫軍」をやることに。曲の構成さえ伝えずに演奏を始めると、吉田さんはいきなりドタ・ドタ・ドタとマーチのような2拍子を繰り出してきた。奇妙なテンポ感なのにニューウェイヴの奇矯さにすごくマッチしたのにも驚きだが、さらに演奏は疾走し――と、どんな奇抜な演奏でも「磔磔」では、木造の建物全体が「ウンウン」と美味しそうに音を吸い取ってくれていた。
その日は、一見さんのフランス人カップルが入ってきたり(こういうところも、いかにも京都だ)、東京や大阪などからもお客さんが来てくれたりと大盛況。耳馴染みのいいロックだけでなく、奇妙でとびきりアヴァンギャルドなサウンドも歓迎してくれるのが京都の懐の深さ。京都のロックな夜は、木の香りと共に深く掘り下げられていくのだ。
「ハルメンズNAKED」はこの日、京都「磔磔」に大きく育てられた。
(2023年9月11日配信)
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申し込みはこちらから▶︎hyogentaro@gmail.com
サエキけんぞう
アーティスト、作詞家、1980年ハルメンズでデビュー、86年パール兄弟で再デビュー、作詞家として、沢田研二、小泉今日子、サディスティック・ミカ・バンド、ムーンライダーズ、モーニング娘。他多数に提供。著書「歯科医のロック」、最新刊『はっぴいえんどの原像』(篠原章との共著)他多数。2003年フランスで『スシ頭の男』でデビュー、2012年「ロックとメディア社会」でミュージックペンクラブ賞受賞。最新刊「エッジィな男、ムッシュかまやつ」(2017年、リットー)。2015年ジョリッツ結成、『ジョリッツ登場』2017年、『ジョリッツ暴発』2018年、16年パール兄弟30周年を迎え再結成、活動本格化。ミニアルバム『馬のように』2018年、『歩きラブ』2019年、『パール玉』2020年を発売。
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