〈縁の下の力もち〉

地域の人たちの思いが集まる、古都ならではの景観づくり

■島田耕園(しまだ・こうえん)さん
御所人形作家四世耕園の長男として二寧坂に生まれる。同志社大学卒業後人形制作を始め、平成3年、五世耕園を襲名。家業のかたわら「古都に燃える会」で地域の景観を守る活動に取り組んで31年になる。島田さんは「京都女子大学のサークル『空間デザイン部ARCH(アーチ)』の若い力も、町づくり運動の原動力です」と話す。

清水寺から高台寺方面へ下ると、産寧坂(さんねんざか)を経て二寧坂(にねんざか)、一寧坂(いちねんざか)の石畳に至る。伝統的建造物の土産物店などが軒を連ねる町並みは絵に描いたように美しい。

この景観はなにもせずに保たれているわけではない。生まれも育ちも二寧坂という人形作家島田耕園さんが代表を務める「古都に燃える会」の長年の活動の賜物なのだ。「僕が子どもの頃の二寧坂は生活の場でした。1970年の万博を境に観光客が増えたため、地域としてのおもてなしを考え、古都ならではの景観づくりに着手しました。電柱の伐柱と電線類の埋設は悲願でした」と語る島田さん。行政や関係機関との交渉に苦労したが地域住民が声を上げ実現にこぎつけた。2009年には「まちづくり自主規制宣言」を出し、市の規制以上の自主規制を設定した。

生活の場であった1958年当時の二寧坂。

暖簾(のれん)のサイズや色まで決まりがあるが、これは月例会に参加する京都女子大のサークルARCHが、この町で古くから使われてきた色彩を調べ基調色の元とした。地域に配る「まちづくりニュース」もARCHが作成している。「町づくりは人づくり。僕らの会に関わって、この子らも景観への意識を高めてくれている」と島田さんは目を細める。

誰もいない夜中の景観の美しさに、二寧坂に生まれ育ったことに感謝するという島田さん。古都の景観を守る活動は、その精神を受け継ぐ若い人材をも育てている。
(2017年9月11日発行ハンケイ500m vol.39掲載)

<共同編集長コラム>

「町づくりは人づくり」。長年にわたって地域の景観保全に取り組む島田耕園さんの言葉に、伝統を継ぐ京都人の思いを感じます。京都が観光地として世界的な人気を集める一方で、古くから続く町並みが大きく変貌してきたことを嘆く声も聞こえてきます。島田さんの言葉を借りるなら、「京都らしい町づくりは、京都らしい人づくり」と言えるかもしれません。今の京都を生きる私たちの暮らしこそが、これからの「京都らしさ」につながっていくはずです。(龍太郎)

私も力もちです!

古都の伝統的景観を守る活動を、地域住民として長年、陰で支えてきた島田さんたちと同様、三洋化成も、暮らしや産業の様々な分野を支えています。

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