〈縁の下の力もち〉

屋根の上で厄を除ける鍾馗さん。京都で唯一の作り手は、瓦職人。

■浅田晶久(あさだ・まさひさ)さん
昭和23年、京都生まれ。祖父の代からの瓦製造業。京都で一番新しい瓦屋だが、今では手造りの京瓦を生産する唯一の工房を主宰。社寺や一般家屋の伝統的な瓦製造に加え、勘と経験の技術を次の世代に効率的につなげるための職人技の科学的検証、フランスのデザイナーとのコラボなど、さまざまな新しい試みにも挑戦している。

祇園や西陣など瓦屋根の町屋が残る界隈で、玄関の屋根に「鍾馗(しょうき)さん」が置かれる風景はいかにも京都らしい。その昔、三条の薬屋が立派な鬼瓦をつけたところ、邪気が跳ね返って向かいの家の奥さんが病になり、対抗するため鍾馗像を屋根に据えたら完治したという話が由来とされる。その後は魔除け・厄除けとして京都の街に広がっていった。

いちばん大きな鍾馗像が手にもつ刀は、竹で別にこしらえた凝った仕上げだ。「粘土では折れてしまって、細かい造形ができませんから」。

現在、京瓦でその鍾馗像を唯一製造するのが、伏見の浅田製瓦(せいが)工場。「瓦屋に生まれ、鍾馗さんは小学生から作ってます。親父がお駄賃をくれてね」と語るのは三代目の浅田晶久さん(70歳)。石膏型に粘土を詰めて型抜きし、高温の窯で焼き上げると、屋根瓦と同じ固く締まった素材の灰色の鍾馗像ができ上がる。向かいの家を睨まないよう目線をずらした鍾馗像もある。

茶色をした粘土の炭素が反応して、焼き上がりは美しい鈍色(にびいろ)になる。「石膏型の合わせ目からはみ出した部分を、きれいに仕上げます。鐘馗像をきっかけに、伝統的な瓦に親しみをもつ人が増えてくれれば、うれしいです」。

京都でも瓦屋根の家が減り、いっときは鍾馗像の注文も来なくなった。ところがここ数年人気が出て、ネット注文も増え、屋根瓦より鍾馗像造りで忙しい。「あがめて拝む対象ではなく、庶民の生活に寄り添った存在として鍾馗さんに親しんでほしい」と言う浅田さん。ゆえに鍾馗さんを新鮮にとらえる若い人に昔の人の思いを伝えたいと、鍾馗さん造りの講座も行う。
狭い京都の街でお互いさまと助け合い、無病息災を願い暮らしてきたなかに鍾馗像を置く文化がある。屋根の上から京都の人の日常を支えてきた鍾馗さんを、浅田さんは今日も丁寧に型から取り出す。

(2018年5月10日発行ハンケイ500m vol.43掲載)

<共同編集長コラム>

京都の町を歩いていると、時々頭のナナメ上から視線を感じることがあります。周囲の家々の軒を探すと、視線の主は剣を携えた蓬髪の鐘馗さん。瓦の上にちょこんと立つ小さな鐘馗さんでも、ギョロ目で周囲を睥睨する姿はさすがの迫力です。そんな鐘馗さんの起源は中国唐代、床に臥せる皇帝の夢に出てきた小さな鬼を退治して、病を治したとか。以来、魔よけや疫病除けの神として親しまれてきました。瓦職人として伝統の技を次代につなぐ浅田晶久さんは、無病息災を願う鐘馗さんを「庶民の生活に寄り添った存在」といいます。今、新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるう状況にあって、改めて浅田さんの言葉が心に響きます。(龍太郎)

私も力もちです!

人々の安心安全な暮らしを屋根の上から支えてきた鍾馗さんと同様、三洋化成も、暮らしや産業の様々な分野を支えています。

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