<出会う>京都のひと

「茶色のサラリーマン1色の人生ではなく、カンバスに赤や黄、いろんな色が塗りたかった」

読書、勉学、思索のために。開館40年、個人経営の図書館。

私設図書館 館主 田中厚生

■みんな同じ生き方をしなくていいんじゃないかな。

弊誌『ハンケイ500m』を発行するユニオン・エーは、『おっちゃんとおばちゃん』なる、持続可能な働き方を考えるフリーマガジンを季刊で発行している。さまざまな価値観に触れることの多い編集長Eをして「こんな働き方があったとは!」と度肝を抜かせたのが、北白川にある私設図書館の館主、田中厚生さんだ。

■「会社員になりたくない」個人図書館という選択

1947年生まれの厚生さんは、ここ北白川出身だ。北白川小学校、近衛中学、洛北高校を経て京都大学工学部に進学。華やかなる学生運動、百万遍の交差点に火炎瓶が飛び交った時代だ。

「僕自身はのめりこまなかったぶん、学生運動が心に残ってしまった。『いちご白書をもう一度』の歌詞の通り、卒業後は髪を切って大企業に就職していく連中も多かったけれど、僕は会社員になりたくなかった」。

私設図書館の手入れは行き届いている。夏は冷茶が、冬は暖かいお茶が出迎える。

ロックに傾倒し、学生時代に「迦摩(かま)企画」を立ち上げ、コンサートを企画する。23歳のときに、同じ北白川小学校出身で1歳下の園子さんと恋愛結婚。なにをして食っていこう? そうだ、2人の共通の趣味、読書ができる私設図書館を作ろう! 16人席の個人図書館、漫画喫茶のまだない時代、受験や司法試験の勉強をしたい若者にとって快適だ。

「毎日暮らしていければいいや、と。深夜12時まで図書館を開けて、終わったらおなかがすいたから2人でラーメンを食べに行く。夜中3時に寝て、翌日昼の12時から店を開く。妻と入れ替わりで、夕方コンサートにいく日もありました」。

「蔵書はみなさんにご提供いただいています。お金儲けを主眼にしたビジネス書以外は、幅広い本があります。修理も全部自分たちでしています」

■子どものために初就職、定年前に不動産鑑定士に

41歳、子どもができた田中さんは、お金を稼ぐために人生で初めて就職する。建設会社で、20歳年下の上司にどやされながら、営業に回った。

「理想に燃えて入社してたら心が折れただろうけれど、僕は41歳まで好き勝手してたから、覚悟はできていた」。

15年勤めて、定年の4年前にあたる56歳のときに不動産鑑定士の資格をとり、独立。現在42席にまで増えた個人図書館は、園子さんとアルバイトの学生に任せている。

銀閣寺のバス停からほど近い。田中さんは学生時代には熱気球を飛ばした。さらにロックに傾倒するなど、さまざまなことに情熱を傾けてきた。

「僕にはべつに貯金もないし、体を壊したら困るでしょうね。でも、どんなに安全な生き方を目指しても、人生はなにが起こるかわからない。人生はカンバスみたいなもの。だったら、茶色のサラリーマン1色の人生ではなく、僕は赤や黄、いろんな色が塗りたかった」。

田中さんは好きなように、毎日を自分のものにして生きている。田中さんの生き方は誰よりもロックで、柔軟だ。自由を享受するぶん、責任のまっとうのしかたが潔くて、かっこいい。

「みんな同じ生き方しなくてもいいんじゃないかな」、私たちはもっと、いろんな色で人生のカンバスを染められる。そう、私たちは自由に生きていいのだ。

(2017年9月11日発行ハンケイ500m vol.39掲載)

私設図書館

京都市左京区浄土寺西田町74

▽TEL:0757714957

▽営業時間:月~ 金 12時~24時、土日祝 9時~24時

▽定休:定休日:毎月第3金