<出会う>京都のひと

「父がゼロから1を生み出す人なら、私はその1を100にしたい」

縫い目のないニットをセミオーダーでつくる工房。
天使のにっと 店主 秦紗由美

■父は娘の私から見てもカッコいい

半地下の店の中央で、巨大なホールガーメント編機がグォーングォーンと音を立てる。この大きな機械が、まさに今、ニットを編んでいる。

「天使のにっと」の創業者は、秦紗由美さんの父で西陣織の老舗「加地織物」の4代目、加地保裕さん。保裕さんは世界初の無縫製編機との出会いをきっかけに、2003年にニット工房兼店舗を開いた。縫い目がない無縫製ニットがオーダーメイドできる店は全国的にもめずらしい。

3Dシルエットによる自然な着心地を生む無縫製ニット横編み機は、㈱島精機製作所のもの。プログラミング後、2時間ほどで編み上がるが、洗いや乾燥糸始末などその後は手仕事だ。

■新しいものを次々と創造する父

「子どものとき、ニット工房については『変わり者の父がまた何かはじめたな』ぐらいにしか思っていませんでした」。

25歳のとき、紗由美さんは母が大切にしていたニットのワンピースを譲り受け、その軽さに驚いた。ラインも美しく、10年前のものとはとても思えない。天女の羽衣(はごろも)に縫い目がないという伝説「天衣無縫(てんいむほう)」の意味が込められたニットを、紗由美さんはもっと広めたいと思った。

好みのデザインを選び、寸法の後、カラーを選ぶセミオーダー。ストレートサマーワンピース23,000円(右)、ベルスリーブスプリングAラインワンピース 半袖カスタマイズ 23,000円。(左)。取り扱いはレディースのみ。

振り返ると紗由美さんは、父・保裕さんの人脈で、建築家など、さまざまな職種の人が頻繁に訪れる家で育った。

「父はバイタリティがあって、娘の私から見てもカッコいい。父みたいな人で、でも父ほど亭主関白じゃない人と結婚したいと思っていましたね」。

いくつになっても夢を追い求める。そんな父の影響を受けないはずはない。父親からの薦めもあり、高校2年生からニュージーランドに留学した。東京の大学に進学し、IT系の企業に就職。京都に戻った後は、父親が立ち上げた一棟貸しの宿の管理を任されてきた。

とはいえ、父から強制されたことは一度もない、と紗由美さん。それは別の家業を手伝う兄や姉も同じだ。「天使のにっと」も自らやりたいと紗由美さんは手を挙げた。引き継いだのは父親の店だが、紗由美さんに親が敷いたレールの上を歩いているという感覚はない。

■事業をどう広げるか、考えるのが楽しい

紗由美さんの目下の目標は同世代にも商品の素晴らしさを知ってもらうことだ。東京時代の経験を生かして店のホームページをリニューアルし、初のオンラインショップも立ち上げた。

店にはなかなか足を運べない遠方のお客さんのため、試着したい商品を色見本帳と共に自宅に届ける「おうちで試着」という画期的な新サービスは、紗由美さんのアイデア。ある分野のスペシャリストではなく、事業をどのように広げていくか。いまはそれを考えるのが楽しくて仕方がない。目の前にはいつも、憧れの存在である父親の背中があった。

「父がゼロから1を生み出す人なら、私はその1を100にしたい」。

そう力強く話す紗由美さんのバイタリティは、やはりお父様譲り? 聞くと、「父に似ているとよく言われます」と照れくさそうに笑った。

(2020年7月10日発行 ハンケイ500m vol.56掲載)

打ちっぱなしのコンクリートとテラコッタの佇まいが目を引く。ビル内には父が運営するARS LORCUSのホールやプールが。

天使のにっと angelknitted

京都市左京区下鴨東本町7
▽TEL:0757128485
▽営業時間:10時~18 時
▽定休:日
https://angelknitted.com/(外部リンク)

最寄りバス停は「高木町」