<出会う>京都のひと

「京都の和菓子は、品が大切。継ぐ人は、その感覚を理解してくれていればいい」

江戸時代に創業、銘菓「きぬた」で知られる和菓子店。

長久堂 社長 横山長尚

■菓子と菓銘、価値は五分五分

あんでもなく、素材でもなく、その姿形でも、全体の味わいでもない。「京都の和菓子は、品(ひん)が大切」とは、先代の工場長の言葉だ。具体的に示すことが難しい「品」を大切にするのが、長久堂の重んじる和菓子だ。

長久堂は1831年(天保2年)創業。初代の名は長兵衛。「長」の名を受け継ぐ横山長尚さんは6代目にあたる。代表的な銘菓は和菓子の「きぬた」だ。戦前は烏丸にあった店を、戦後に四条河原町に移転。そして1994年、現在のように、北山に店舗と工房を構えた。

赤く染めた羊羹に絹の反物に見立てた求肥を巻いた銘菓「きぬた」。手前は、お能の面をかたどった落雁(らくがん)の「花面(はなおもて)」だ。

■選んだのは、永く続けるための商売

四条河原町時代の店は職人を抱える工房であり、また住まいでもあった。

「そんな環境で育ったので、私が菓子職人を志すのは自然なことでした」。

横山さんが20歳のときに父親が亡くなり、本格的に家業を手伝うように。販売と営業を経て、25歳から製造に。それから10年後に代替わりし、社長業に専念。数年前からまた製造の現場に戻り、社長兼職人として暖簾(のれん)を守ってきた。

「永く続けるための商売と、大きくするための商売は違う」。横山さんが目指すのは前者だ。縁のない北山の地に店を構えた理由も、永く続けるため。

最近は、洋菓子の製法を取り入れた和菓子を展開する老舗(しにせ)も少なくない。対して、長久堂のショーケースは昔ながらの和菓子が大半を占める。

「長久堂らしさとは、代々受け継いだ感覚です。継ぐ人は、店に伝わる感覚を理解していればそれでいい。うちは子どもがいないので、長久堂らしさをわかってくれる人がいたら、継いでほしいですね。血縁の有無よりも、感覚が大事」。

和菓子は和菓子らしい素材で、が店の信条。茶人好みの控えめな色かたちに老舗の美意識と哲学を感じる。

先代の工場長が考案した定番の生菓子「花佳人」。菓銘には水ボタンの花のように美しい人という意味が込められている。

■和菓子に命を吹き込む菓銘

血のつながりはないが、先代の工場長で後進の育成にも力を入れた伝説的な菓子職人・故村上俊一氏も京菓子の本質を理解するひとりだった。冒頭の言葉は、その最たるものだ。

季節感を重んじる京都の和菓子。特に長久堂にとって、菓子を作ることと同じぐらい重要なのが菓銘の選定。費やす労力はなんと「五分五分」という。菓子ができてもこれという菓銘が決まらず、発売が遅れることも珍しくない。

「お菓子と銘、2つが合わさって、初めていいお菓子になるんです」。

暖簾を守るとはすなわち、「らしさ」を守ることでもある。見た目や味、銘ともに「品」がある。それこそが「長久堂」の和菓子だ。

「そのような和菓子を作るためには、自分自身を極めていかなあかんな、と。一生、勉強です」。

話の最後、静かに、でも力強い口調で。6代目はそう結んだ。

(2020年1月10日発行ハンケイ500m vol.53掲載)

深泥池に向かう下鴨中通り沿い。工房は地下にあり、現在は40歳の女性職人が工場長が務める。

長久堂

京都市北区上賀茂畔勝町97-3

▽TEL:0757124405

▽営業時間:9時半~18時

▽定休:1月1日、2日