<出会う>京都のひと

「ベトナムじゃなくてヴェトナム。表記一つに細心の注意を払い、原稿化しました」

一人で創業し、編集と販売。独自の道を切り拓いた出版社。

かもがわ出版 創業者 湯浅俊彦

■誰も書かないことを書きたかった。

PHP研究所、光村推古書院、青幻舎、淡交社。個性豊かな出版社を擁する地方都市・京都、そのなかでも独自の路線を切り拓いたのが、ここ西陣に本社を構えるかもがわ出版だ。平和、人権、環境、教育など、一貫して硬めのテーマの本づくりを手掛けてきた。

湯浅俊彦さんが49歳のとき、1986年に創業。編集から販売まで一人だった原点から、今や社員14人に成長した。

湯浅さんが手がけた書籍の数々。

■講演録をブックレットに。会場で聴衆に手売りする

小さなかもがわ出版が、厳しい出版不況下で元気に生き残っているのは、湯浅さんの経営戦略があったからこそだ。

1990年代後半から、日本の知性を代表する思想家の一人・加藤周一の講演
集を刊行、このシリーズがかもがわ出版の屋台骨を支えた。

「東京の版元から『よく加藤周一の本が出せたね』とやっかみ半分に尋ねられました。平凡社と岩波書店でしか出さない人だと思われていましたから」。

湯浅さんは、誰も記録をとっていなかった加藤周一さんの講演をていねいに原稿化。ワンテーマをとりあげるブックレット形式で出版した。「こんなにわかりやすいなんて」と、読者のみならず加藤さん本人からも高い評価を得た。

「テープの生起こしにはしなかった。たとえば表記一つでも、ベトナムじゃなくてヴェトナム。細心の注意を払って、フランスで暮らしたこともある加藤さんの息遣いが聞こえるよう原稿化しました」。

さらに、著者が講演する会場に足を運び、本を並べた。書店の売り上げだけなら採算割れになる本も、熱烈なファンが訪れる会場で直販すれば利益が出る。

「編集部総出で全国各地に本を売りにいきました。目の前に読者がいて、どんな本を求めているか実感できる。次の企画を立てるのに役立ちました」。

かもがわブックレットはもうすぐ200冊に迫る。平和や国際問題、環境、性教育。少数派の立場にたって、幅広く書籍化してきた。1冊目は反原発の科学者として知られる安斎育郎さんの『茶の間で語り合う平和』

■ジャーナリズムへの情熱 出版業のかたわら本の執筆

出版人である湯浅さん、もう一つの顔はジャーナリストだ。「僕はずっと新聞が好きで、報道記者になりたかった。誰も書かないことを書きたかったんです」。

そんな湯浅さんが50代で執筆したのが『京に蠢(うごめ)く懲りない面々』、暴力団や土地転がしなど京都の裏社会を切り取ったノンフィクションで、部数は文庫版も含め10万部まで伸びた。出版の仕事をこなすかたわら、毎夜原稿に向かったのはジャーナリズムへの情熱があってこそ。

「いやがらせで自宅の郵便受けに2回放火されたこともある。犯人はわからない」。

80歳となり、湯浅さんは一線から身を退いた。今も毎朝新聞に目を通し、ベタ記事に不穏はないか、嗅覚をとがらせる。新聞好きの原点には、中学生のときの学校新聞づくりがある。あの頃報道記者になりたかった夢は「誰も書かないこと」を書いてかなえた。傘寿(さんじゅ)を過ぎても、好きなものは少年時代と変わらない。

(2017年11月10日発行ハンケイ500m vol.40掲載)

町家の風情を残したかもがわ出版は、「京都景観・まちづくり賞」を受賞した。ギャラリーと販売コーナーを併設している。

かもがわ出版

京都市上京区出水通堀川西入亀屋町321

▽TEL:0754322868