<出会う>京都のひと

「『昔と味が変わらないね』は、『味があがったね』と解釈しています」

時代に合わせて進化する、おでんの名店。

蛸長 店主 河合達也

■大麻布割烹着に蝶ネクタイ、ペティで切り分けて。

角の建物の窓から橙色の明かりがぼうっと灯る。「蛸長」と染められた暖簾をあげて中に入ると、かつお出汁の香りが店内に満ちていた。池波正太郎が通っていた頃は三代目。「当時は、かつお弱めでこぶの味が強く、その前はもっと濃い味だった」と四代目の店主・河合達也さん。

鍋のなかで季節を表現したいと試行錯誤。

「代々で味は変わります。人の嗜好は変わるので、同じことをしていたら置いていかれます。『昔と味が変わらないね』は私のなかでは、『味があがったね』という意味と解釈しています。先代の味を真似たとして、味が完全に同じなら、先代の味のほうが美味しく感じます。突出しないと、頭に残った強烈な先代の味の記憶に敵いません」。

河合さんの信条は「伝承ではなく伝統」。「伝承は繰り返し、伝統は歌舞伎のように時代をとりいれて進化していく。長く続く店は、変化し、それが『変わらない味』と言われるのです」。

おつゆは透き通って上品。

■祇園町のはじまりから営業 炊き合わせに近いおでん

1882年(明治15年)創業。祇園町のはじまりからいまに至るまでをこの店は見てきた。最初は「多古長」で、昭和になってから、名物のやわらかい蛸から「蛸長」に。これもひとつの変化だ。

河合さんは、常に新作を開発し続けている。中身がシーズンごとに変わる宝袋には遊び心があふれている。餡子餅とか桃、鱧や栗など予期せぬ物も。ネタを考えるため、閉店後、深夜まで厨房に立ち、試作を重ねる。

そもそも江戸発祥と言われるおでんだが、種ひとつひとつを別途炊く蛸長のスタイルは、京都の和食、炊合せの概念と近い。京都人のファンが多いのも、むべなるかな。

手洗いのドアから中にかけて、京都府文化賞功労賞受賞作家である日本画家・黒光茂明氏が四季の絵を描いている途中。完成は未定。その脇の看板は明治期の螺鈿作家によるもの。厨房を仕切る暖簾は、大正から昭和初期にかけて日本画家が描いたものを布に転写し、季節ごとに色を替える。

■蝶ネクタイでサーブ、粋で優雅なスタイル

10代の頃から河合さんは調理士を志望、料理屋で修業し、師匠について全国各地を回っていた。蛸長を継ぐ気はなかったが、先代が死ぬまでは手伝ってほしいと言われて、関わるうちに今に至る。

「『跡継ぎがいない』とお嘆きのお店は、『自分が死んだらやめていいから』と頼むといいですよ。そのうちにお得意さんもできて、楽しくなってきてやめられなくなりますから」と冗談めかして語る。

軽快な口調の河合さん。見た目もおしゃれで、大麻布割烹着にトレードマークの蝶ネクタイ、この日はポップな蛍光色。細長い指でペティをもち、おでん種を人数分に切り分ける優雅な手つきは「シェフ」と呼びたくなる。柔らかな物腰は、かつて新劇の俳優で、女形として活躍した先代譲りなのかもしれない。

10人強でいっぱいになってしまう店だが、予約は受け付けていない。

「たかが、おでんですから。『気分じゃないけど予約しちゃったから来る』なんて野暮。ここは、お客様が食べたいと思ったその瞬間を、大事にしたいんです」。

(2018年3月10日発行ハンケイ500m vol.42掲載)

南座から近く、役者も多く訪れる。

蛸長

京都市東山区宮川筋1-237

▽TEL:0755250170

▽営業時間:18時~22時 冬期(10月から3月まで)は17時30分~

▽定休:水(不定期で木)