<出会う>京都のひと

「味をみて『やった!』と思う瞬間が嬉しい。お客さんの好みかはわかりませんけど」

料理屋やお茶屋の御用達、京漬けもの専門店。

紙谷商店 店主 紙谷昌一

■手で漬けなければ、漬けものじゃなくなる。

漬物店といえば家庭向けが多い。しかし紙谷商店は、祇園に近い場所柄、料理屋さんやお茶屋さんを顧客にもつのが特徴だ。建仁寺のそば、大和大路沿いに店を構えて42 年。その前の10年ほどは、紙谷昌一さんのお父さんが、近くのえびす市場のなかで商売を営んでいた。

「漬けものの最初の味の記憶は『ひねたやつ』。売れ残って酸っぱくなったもののことです。商品には出せないからと、父が我が家の食卓に乗せるのは、そんな漬けものばかりでした」。

冬は千枚漬け、3、4月は菜の花、からし菜、かぶら、5、6月は茄子など。店頭は季節に敏感だ。

真面目で職人気質な父の味で育った紙谷さんはいつしか店を継ぐことに。父の味はいつも意識している。

「あの人、手がこんでいたから」。

紙谷さんは自分で漬けるようになって、漬けものの難しさを知った。なにしろ一度、本漬けしたら、漬けもの石を上げるまで、味が確認できないのだ。

「本漬け前に、味、酸味、発酵の度合いを見ながら、何度も漬け直しますが、本漬けになると、漬けもの石を上げるまで、どんな味になるかわからない。一発勝負の世界で、それがおもしろさです」。

四季の移り変わり、気温の違いや素材の違いに全神経を傾ける。勘を研ぎ澄まし、最高の瞬間に石を上げる。

お店の奥の真空パック用機械で、小分けした漬けものが並ぶ。あくまで手作りにこだわる。

■お得意先の好みはいろいろ 味をあわせて漬け上げる

「味をみて、『やった!』と思う瞬間が最高に嬉しい。ただ、それが必ずしも、お客さんにとって最高かはわかりませんよ? 長くかわいがってくださっている料理屋さんでも、料理と季節によって求める漬けものの味が変わりますしね。お店によっても、浅漬けが好きなお店、古漬けが好きなお店、酸っぱいものが好きなお店…と違います」。

だからこそ、お店の料理人に話を聞き、それぞれの好みに合うように調整する。いわば漬けもののオーダーメイド。まるでコースの最後をしめくくるパティシエールのような気の使いようだ。

「むかしは一緒に働く父に『もっと手早くちゃっちゃと楽にしたらいいのに』と思っていました。でも今は結局、父と同じように時間をかけて、下ごしらえをしています」と照れくさそうな顔をした。

内には惣菜も並ぶ。昌一さんの6 歳下の奥様・麻美江さんがつくる。

■食事のアンカーとして 謙虚と誇りと重責と

機械を導入したら量産できるかもしれないが、「自分の手で漬けなければ、漬けものとはいえないと思う」から、百貨店から声がかかっても、卸しはしない。

現在60歳。常に朝早く、冬場でも作業場に暖房は入れられない。漬けもの石の上げ下げも難儀だ。だが、体力ある限り、その年、その日、その時にしかできない最高の味を追求し続けたい。

「料理の主役にはならない。それでも、最後に食べて『最後まで美味しかったね』と言ってもらえるものであれば」。

紙谷さんは謙遜と誇りが混じる笑顔を見せた。料理というリレーのアンカーの仕事は、かなりの重責である。

(2018年3月10日発行ハンケイ500m vol.42掲載)

昌一さんが高校生のとき、大和大路沿いにできた店舗。大小様々4、50 個ある漬もの石も、父親が集めてきた歴史あるもの。

紙谷商店

京都市東山区大和大路四条下ル亀井町58番地

▽TEL:0755510519

▽営業時間:10時~19時

▽定休:日、祝