<出会う>京都のひと

「失敗は後には残らないけど、やらなかったことは後悔になる」

52歳、単身京都で開業。富山出身の手打ち蕎麦店。

大坪屋彦七 店主 益山大輔

■京都にいると思うと感慨深い

大坪屋彦七の店主、益山大輔さんは天邪鬼(あまのじゃく)だ。住宅街にありながら行列ができる様子を見ても「自分の手際が悪くて、お客さんを待たせちゃってるだけなんです」。手打ち蕎麦の店を始めた理由を聞いても「いや、なんとなく。こだわりもなーんもありません」と肩透かし。

しかしつむじ曲がりの店主が作るそばは、実に正直だ。越前大野勝山産の蕎麦粉を使った十割そばは濃厚抜群。「そば粉は福井がおいしい。使うのは福井の在来種です」。けしの実やゆずなど季節の味を練り込む変わり蕎麦で使うのは、蕎麦の実のまんなかだけを取り出した更科粉。その産地は北海道多度志町だ。

三色そば(もり、生粉、変わりそば)1200 円。「一茶庵系は変わりそばがあるのが特徴なんです。季節によって味は変わりますから、訪れたときのお楽しみに」。

■京都に憧れて、京都に店を構える

益山さんは富山出身。かつては歴史の高校教師という、異色の経歴を持つ。

益山さんは子どものころから歴史好きで、国学院大学に進学した。専門は幕末、特に京都で史跡踏査を重ねるのはどうしようもなく楽しかった。その後、教職を辞して、縁あってそば屋を始めた。東京での修業を経て、44歳のときに独立。富山市内で手打ち蕎麦の店を開いた。

富山で店を続ける選択肢もあったが、益山さんには捨てられない夢があった。

「学生時代から、京都にずっと憧れていました。失敗は後には残らないけど、やらなかったことは後悔になる。50歳を過ぎた。人生を懸けて京都に行くには、もう最後のチャンスかなと思いまして」。

52歳。2012年のときに、意を決して単身で移住、北山に暖簾(のれん)を掲げた。

奥は、富山の珍味(いかの黒作り柚子風味、白海老の踊漬け、甘海老の塩辛)三種盛り800 円。手前は白エビのから揚げ。日本酒は富山をはじめ、北陸のものを中心に揃える。

■京都人好みの味で 富山の珍味と地酒を

店は最初から順調だったわけではない。蕎麦は砂場といった系列が有名だが、益山さんが学んだのは手打ちを広め、変わり蕎麦で知られる一茶庵系だ。

「修行した場所が東京ですから、そのままの味では京都に合わなかった。温出汁の味は醤油を抑える一方で昆布を効かせて、がらりと変えました。にしんそばときつねそばは、京都に来てからのメニューです。関東風の甘い卵焼きは不評で、出汁を利かせた京風にしました」。

幸い、一茶庵系は「その土地に合わせて柔軟に変えていく」教えだったのがよかった。京都という気難しい土地で、4年営業できればいいかと思って始めた店も、早や6年経った。

大坪屋彦七の肴は、昆布〆の白エビのさしみ、ほたるいかの沖漬けなど、富山ならではの珍味が揃う。迎え撃つのは北陸の地酒。蕎麦でいっぱいひっかけたい御仁にはこたえられないだろう。

「一人で切り盛りしているので大変です。朝早く店に来て、夜の営業後に一人、家に帰る。でもふとした瞬間、いま俺は京都にいるんだ、と思うと感慨深い」。

蕎麦打ち場から出てきて、粉だらけで真っ白になった天邪鬼が、素直な表情を見せた。新天地を選んだ58歳、今ここにいる喜びをかみしめている。

(2018年5月10日発行ハンケイ500m vol.43掲載)

ひっそりとした店構え。

大坪屋彦七

京都市北区上賀茂岩ヶ垣内町45-2

▽TEL:0757240211

▽営業時間:1時30分~14時30分、18時~21時

▽定休:月(祝日の場合は火)、第3火