<出会う>京都のひと

「『継いでくれたから、死ぬまでこの味が食べられる』と、常連客に感謝されました」

妙心寺界隈のソウルフード、家族経営のラーメン店。

親爺 2代目 片桐和彦

■親父の作るこのラーメンが大好き

老舗ラーメン店がひしめく京都にあって、一目置かれるのが妙心寺道にある親爺だ。今年で創業41年。どれほど大入り満員になろうとも、商売を拡張することもなく、70歳の片桐修(かたぎり・おさむ)さんを筆頭に、その息子、45歳の和彦さん、その妻聡美さんと、家族経営を貫いている。

黒々としたスープの色目とは裏腹に、あっさりとした味のラーメン700 円。「大鍋からソバを引き上げる手際がむずかしい」と2代目の和彦さんは話す。「ラーメンは作る人の舌によって変わる。うちのラーメンは、親父の舌に合わせている。味覚、センス、微妙な加減が問われるので、日々研鑽やね」。

■深夜のラーメンに救われ タクシー運転手から開業

ラーメン店を開業するまで、タクシーの運転手をしていた修さん。夜勤で食べたラーメンに救われたことががきっかけとなって、独学でラーメン作りを極める。試行錯誤を繰り返すこと8年がかりで、親爺の秘伝しょうゆスープを生み出す。

草創期、昼間は1人か2人しか客が来なかった日もあった。そんなとき修さんは、「もっとうまいもんを作ろう」と、ただひたすらラーメンに情熱をかたむけた。そんな父親の背中を見て育ったのが、和彦さんである。高校生の頃から、店の手伝いをしていた。

「親父の作るこのラーメンが大好き」という和彦さんは、大学卒業後、いったんは企業に就職するが、数年後、家業を継ぐ決意をする。

「親父は継げともなんとも言わなかった。ラーメン屋は、しんどい仕事ですから。ただ『やるからには10年黙って頑張ってやれ』とだけ」。

一緒に働き始めた当初、和彦さんはよく怒られた。しかし、少しずつ任される範囲が増えて、気づけば21年経っていた。

41年変わらずの店構え。妙心寺の南に位置する、知る人ぞ知る人気店だ。

■名店二代目の重圧と家族で営み、受け継ぐ味

親爺は全国のしょうゆラーメン好きに名をとどろかせる店だけあって、2代目のプレッシャーは半端ではない。大学時代に修さんのラーメンを食べていた若者が、卒業後20年ぶりに来店するということも日常茶飯事の愛されぶりである。世の常で「味が変わった」と好き勝手を言う口さがない客もいる。その一方で「和彦さんが継いでくれたから、死ぬまで親爺のラーメンが食べられる」と心からの喜びの声が、2代目を支える。

今なお厨房に立つ修さんを、和彦さんは尊敬のまなざしで見る。「そばの上げが見事、手際の素早さが違います」。

妙心寺の膝下にあって、山内の人々は親爺のラーメンをソウルフードと絶賛する。メニューは、しょうゆ味のラーメン一筋。滋味なる自家製チャーシューは、スープを惹き立てる。餃子などのサイドメニューは一切ない。「お酢のモノと一緒に食べると、味を取られるから」との理由が奮っている。どこまでもしょうゆラーメンを主役に据えているのだ。

家族経営を貫き、部外者は鍋に触れることはない。しょうゆスープの味も秘伝。週に一度、日曜日の昼だけは手の空いた者から順番に、家族全員がラーメンを食べる。和彦さんが父の作るラーメンを愛するように、和彦さんの子どもたちもまた、ラーメンが大好き。妙心寺のソウルフードは確かに受け継がれている。

(2018年7月10日発行ハンケイ500m vol.44掲載)

親爺

京都市右京区花園木辻南町22

▽TEL:0754630406

▽営業時間:11時~21時半

▽定休:火・水