
「父のおかげで天狗にならずに済みました」
斬新なアートディレクションで知られるデザイン会社。
GRAPH 北川一成
■よもやデザイナーになるとは思わなかった
「舞鶴赤れんがパーク」のロゴマークをご存知だろうか。赤と青の太い線が2本並んだシンプルさながら、その線の長さと赤と青の色は厳密に指定せず、使う人の自由でいいというおおらかさ。だからこそ多くの人が気軽に使用できる。
この画期的なデザインを生み出したのはGRAPH(グラフ)を率いる北川一成さんだ。長崎にあるロボットが対応する世界初のホテル「変なホテル」のブランディングをはじめ、退蔵院の春季・秋季ポスターから平等院の消しゴムやロール付箋紙まで、幅広い分野での活躍で知られている。

■芸事NGが家訓なのにデザイナーに
兵庫県加西市の生まれで、実家は1933年創業の北川紙器。大手印刷会社の受注仕事が中心だった。筑波大学芸術学群でブランディングを学んだ北川さんは、実家の事業に携わるようになる。1989年、北川紙器をGRAPHに名称変更して大幅刷新。北川さん自身も東京TDC賞特別賞を受賞、広告デザイナーとしてめきめきと頭角を表していた。
だが「よもやデザイナーになるとは思っていなかった」と北川さんは言う。
「幼い頃から絵が好きで美術の成績はいつも一番。表彰もされていましたが、父親に芸術の道に進むことを大反対されまして。なにしろ、北川紙器創業者の曾祖父が、骨董にはまって失敗したことがあり、『芸事に手を出すな』が家訓でした。どんなに美術でいい成績をとっても『うぬぼれるな。高校野球でいい気になっているようなものだ。プロ野球に行ったときに、王や長嶋に通用するわけがない』と父に言われ続けました」。
会社をGRAPHにして受注した加西の老舗酒蔵「富久錦(ふくにしき)」のラベルデザインは、クライアントが若き北川さんの可能性に賭けて発注してくれたものだった。
「でも父は『富久錦さんほどの老舗の仕事をお前ができるわけがない。断れ』と」。北川さんの父親の教育方針は「褒めて育てる」とは対極にある「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」だ。「父のおかげで天狗にならずに済みました」と、北川さんは笑う。
世界の広さを知り、いまの自分を許容せず、先を見ることの大事さを北川さんに叩き込んだのは父親だった。

■派手なデザインながら実は慎重で堅実派
派手で目を引く北川さんのデザインに、突飛な人物像を思い描く人も多いかもしれない。しかし戦略は地道。北川さんは慎重で堅実派だ。
「会社はある意味、無形資産。優秀な社員がいればブランド価値があがる」と考え、勉強会によるレベルの底上げを図る。また、印刷業界ではいち早くアナログからデジタルへの転換も行った。GRAPHの方針はすべて地道な戦略に基づく。
「最近は僕のことを、父がこっそり自慢しているらしいのですが、いつまでも認めないでいてほしいですね」。
(2018年7月10日発行ハンケイ500m vol.44掲載)

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