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歴史と政治を切り離し、学問として向き合う視点でこれからの時代を考える。「歴史学」のこれから。

vol.11 同志社大学 グローバル地域文化学部 立石洋子 准教授

歴史をめぐる議論は、社会がどのような歩みを経て今日に至っているのか、また、これから先の将来にどのような社会を目指すのかという問題につながっている。民族や宗教の違いなど、多様な文化や価値観を持つ人々が共存する国々では、歴史をどう考えるかということについて、多岐にわたる議論が行われてきた。それは時に、国と国との関係にも大きな影響を与える。
同志社大学グローバル地域文化学部の立石洋子准教授は、ロシアや旧ソビエト連邦の国々の歴史をめぐる議論の研究を続けている。「歴史の見方は、国家間の対立に繰り返し利用されてきたという悲しい過去があります。歴史と政治を切り離し、歴史学を学問として向き合う。その視点があれば、私たちが生きる現代の問題について、考えるヒントが見えてくると思います」。立石准教授が見つめる「歴史学のこれから」とはー。

--立石先生が歴史に興味を持たれたきっかけを教えてください。

学生時代に、旧ソ連の歴史に関する授業を受けたことがきっかけでした。「社会史」という領域で、市井に暮らす人々の日記、個人の手紙などを読み解く研究を取り上げた内容でした。広大で多様な歴史の一端に触れ、政治によって語られる歴史だけでなく、社会を通した歴史を勉強してみたいと思いました。

--ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が長引く中、両国に関心が集まっています。国際平和を考える上で、日本に暮らす私たちにとっても貴重な研究だと感じます。

私はこれまで、主にソ連解体後のロシアでの歴史をめぐる議論を研究してきました。最近ではロシアとウクライナの関係を考える中で、双方の国で歴史像についての論争がどのように展開してきたのかという問題に関心を移しています。政治家が歴史をどう利用するかという問題と、歴史家や教育者などの知識人が政治家の歴史利用にどのように対応してきたかという問題を研究しています。
ソ連が解体したばかりの1990年代は、ロシアとウクライナを別の国だとする見方はそれほど広まっていませんでした。それから30年以上が経ち、両国で歴史は共有しているけれど、別の国であるという見方が大きくなってきていると思います。
ウクライナ国内にはロシアとの歴史的な繋がりが強い地域と、そうではない西側地域があります。西側地域は「ウクライナ民族主義」という考え方が比較的強いと言われ、ウクライナの中でも歴史の見方に対立があります。

実は、どちらの国にも一つの定まった意見があるわけではありません。ロシアもウクライナも地域や時代によって、歴史の教科書に書かれている内容が異なります。また、宗教や民族、戦争や解体後の家庭環境などでも歴史認識は違います。双方の歴史についての多様な見方は、しばしば相手を非難する時に使われ、国家間の対立に利用されることが多くありました。とりわけ両国の対立には、ソ連解体後の安全保障の問題が大きく影響しているという印象を持っています。

--立石先生の歴史研究のこれからの展望について教えてください。

ロシアとウクライナに関して、日本では画一的な捉え方が広まってしまったように感じています。「ロシア人はみんな、ウクライナを支配したいと思っているんだ」という単純化した議論になってしまっています。ロシアやウクライナの歴史を丁寧に紐解けば、実態はそうではないとわかるのですが、戦争になると、知識人や歴史学者の交流が少なくなり、研究者の声はなかなか社会に広まらないので、もどかしい部分もあります。政治に利用されず、学問という意味での「歴史学」を構築し、「実態はどうなのか」というところに注目する。そんな思いで、ロシアとウクライナの社会の多様性、また歴史の見方の多様性について研究を続けたいと思っています。

 

立石洋子(たていし・ようこ)
同志社大学 グローバル地域文化学部 准教授

徳島県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。北海道大学 スラブ研究センター非常勤研究員、日本学術振興会特別研究員、成蹊大学法学部助教を経て現職。修士課程在学中に初めてロシアを訪れる。その後、研究や資料収集、旅行などでロシア国内の都市やウクライナ、バルト諸国各地を訪ね歩き、ロシア・旧ソ連諸国の広さと地域の多様性に触れる。趣味はカフェ巡り。


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