Touch the ART! (for children)

「本当に大事なのは、失敗した99回の挑戦。科学の裾野の広さをアートを通して伝えたい」

Touch the ART! (for children) vol.3
物理学者・橋本幸士さん

新しいアートを創り出し、直に触れてもらうことを目的とするTouch the ART! (for children)は、一般財団法人NISSHA財団が支援し、日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社が展開するプロジェクト。第3回目となる今回は、物理学者の橋本幸士さんとのコラボレーションです。

物質を構成する最小単位である素粒子。これまでに見つかっている素粒子は17種類で、人体から宇宙まで、あらゆる存在は素粒子で出来ている。素粒子物理学を専門とする京都大学理学研究科教授の橋本幸士さんは、数式を用いて素粒子の性質を明らかすることで、宇宙誕生の瞬間「ビッグバン」の謎を解き明かそうと研究している。
橋本さんは「宇宙の始まりを知ることが何の役に立つか、それは分かりません。ですが、人類はこれまでの歩みの中で、その謎を解明するすぐ手前まで科学を突き詰めてきました。基礎科学はすぐにアウトプットにつながる研究でありません。でも長い時間軸で見ると、基礎研究による発見が人類の生活を根底から変化させてきました。そういうところが、基礎科学とアートは非常に似ていると思っています」と話す。

科学とアート。正反対にも思える2つの領域を、橋本さんは「両者は地続きで、時に同じものを指している」という。
例えば画家は、絵筆を用いて絵画を生み出す。完成された絵画は、画家によって具現化された芸術と言えるが、橋本さんは「本当に興味があるのは、なぜ画家がその絵画を描くに至ったのかというプロセスそのもの。1枚の絵画の背後に存在している数々の試行錯誤にこそ、大事なことが隠れている」と語る。
日本には物理学者が1万人以上いて、それぞれが日夜研究に励んでいる。しかし、「仮説として提案されるほとんどの理論は、そのまま光が当たることなく埋もれていく。ノーベル賞に選ばれるような輝かしい研究は、数えきれないほどの挑戦と失敗の中の、ほんのごくわずかの部分に過ぎません」
完成されたものの背後に広がる、途方もない数の失敗。それこそが、科学を発展させてきたと橋本さんは言う。「100回挑戦して1回成功したら、その成功だけが世の中に出ていきます。ですが、本当に大事なのは失敗した99回の挑戦です。そういう生身の人間が試行錯誤を繰り返している姿、科学の裾野の広さをアートを通して伝えたいのです」
橋本さんはこれまでにも、写真家や身体パフォーマー、音楽家とともに舞台作品を作ってきた。時に橋本さん自身が舞台に立ち、黒板に数式を書き連ねていく行為そのものをアートとして観客に提示する。科学それ自体をアートに昇華しようという試みは、科学と芸術のどちらもが身体によって表現される営みであることを改めて思い起こさせる。

今回のTouch the ART! (for children)では、橋本さんがiPadで普段行っている計算を幅16ミリの紙テープに印刷し、テープリールにセットして任意の速度で回転させる装置を制作した。「私たちが計算している数式は、それぞれがイコールで切れ目なくずっとつながっています。科学者が長い長い数式を生成している作業そのものを『巻物』作品として形にしました。特に、昔はA4ノートを使っていましたが、今はiPadで数式を書いて計算しています。無限にスクロールできるiPadに移行して計算がしやすくなった反面、モノとしてのノートがなくなってデータだけになってしまった。今回の作品は、質量を持ったモノとして計算式を手に取ることができます」
物理学者の人生は、計算に没頭する時間が大半を占めているという。机に向かいひたすら何時間も数式を書き続ける日々は、芸術家が作品を創造するプロセスにそのまま重なる。
「リール1個にノート10数ページ分の数式が載っています。1本の論文を書くにはノート100ページ以上は計算する必要があります。計算している時は数式を一つ一つ考えながら書いているので、次の1行を思い付くのに3日かかることもあります。リールを回してテープを眺めながら、そこに秘められた膨大な時間を想像してもらえたら嬉しいですね」
深淵なる宇宙の謎を解くために、物理学者は今日も数式を書き連ねて、素粒子の世界を駆け巡る。数式が印刷されたテープは、科学の扉を開く橋本さんからの招待状だ。

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Touch the ART! (for children) Vol.3
【開催日時】
2024/3/26 14:00-15:30

【会場】
京都大学 橋本幸士研究室(京都大学大学院理学研究科/理学部5号館509号室)
京都市左京区北白川追分町

【イベント内容】
テーマ「ディープラーニングアンドグラビティ」
・作品展示と体験ワークショップ、橋本幸士教授による研究紹介

主催:日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社
助成:一般財団法人NISSHA財団