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家計を通して、当事者に寄り添った視点から格差問題を考える。「家計経済学」のこれから。

vol.10 同志社大学 政策学部 新見陽子 教授

近年、身体的・精神的・社会的に良好な状態を指す「ウェルビーイング(wellbeing)」が関心を集めている。背景には、日本を含む世界各国で「負の連鎖」とも呼ばれる貧困の世代間連鎖など、様々な格差が深刻化している現状がある。同志社大学政策学部の新見陽子教授は格差問題の解決を目指し、個人の「家計」に焦点を当てた研究を行っている。「家計は人々の暮らしに直結しています。その実状を正確に把握する中で、これまで見過ごされていた世帯内でのジェンダー格差や、貧困が連鎖する原因が見えてきます。解決策を考える上で、家計はとても大切な鍵なのです」。新見教授が見つめる「家計経済学のこれから」とは−。

--個人の家計という「小さな視点」から、貧困や格差という「大きな問題」の研究を始められたきっかけを教えてください。

私は「開発経済学」と「家計経済学」を専門としています。中学卒業後に英国に単身留学し、エディンバラ大学で経営学を学んでいた当時、日本企業が積極的に投資に乗り出していたベトナムに興味を持ち、国際開発の研究を志しました。一時帰国した後に再び英国へ渡り、サセックス大学の博士課程に進みました。開発途上国における貿易自由化政策がそこで暮らす人たち、とりわけ、貧困世帯など社会的に不利な状況にある人たちにどのような影響を及ぼすかを研究しました。
その後、世界銀行やアジア開発銀行の国際機関に勤務し、途上国の国際開発の現場を経験しました。実際にその土地で生きる人々の暮らしを深く知るにつれて、国の政策というマクロの視点から、当事者の立場というミクロな視点で問題を見つめるようになりました。そこから、教育やインフラ整備など貧困削減の取り組みに特化した側面の研究を続けています。

--私たちに身近な「家計」を通して社会を見つめることで、これまで見過ごされがちだった世帯内のジェンダー格差に注目されるようになったのですね。

結婚が女性の資産形成に与える影響についてデータを用いて分析した結果、日本では女性の本人名義の資産は結婚後に減少していく傾向があると分かったのです。
日本でも海外でも、家計の資産の大部分は住宅資産です。欧米など多くの国では、夫婦が共同で住宅や土地を購入して保有する傾向があります。しかし日本は、結婚や出産を機に退職するなど、妻に所得がない場合に夫婦共同で住宅ローンを組むと、税務上は夫が自分の資産を妻に贈与したとみなされ贈与税が課せられます。このため夫婦が共同で住宅を保有しづらく、結婚が女性の資産形成にマイナスの影響を与えている現状があります。
配偶者間における経済的な依存関係は適切ではありません。自分の名義で資産を保有していることは、人生で何かを選択し行動する際に、とても重要です。結婚後も女性が自身の資産を形成する意義は、さらに周知される必要があります。

--貧困の連鎖やジェンダー格差など、複雑な要因が絡み合う問題の解決策を考える上で、大切なことは何でしょうか?

私の場合は研究にデータを使いますが、まずは先入観を持たずにデータと向き合うことです。さらに、自分でも現場に行って、当事者の人たちと話してみる。その中で、研究する側の立場では気付かない側面や課題がたくさん見えてきます。
現場を知ると、具体的に想像ができるようになります。例えば「ある国では地域によって上下水道へのアクセスがない」という情報について、洗面所があっても水が出ない現場を知っていれば、それが人々の生活にどう影響しているのか想像できます。
「自分ごと」として想像できるかどうかで、調査や研究の視点も違ってきます。当事者の立場で問題を見つめ直すことで、より当事者に寄り添った形で考えられるようになります。そうすれば自ずと、複雑に関連し合う色々なものが見えてきます。格差問題の解決策を考えるには、多様な側面から社会を見ることが大切です。

 

新見陽子(にいみ・ようこ)
同志社大学 政策学部 教授

広島県生まれ。小学生の時の現地校訪問を機に、海外への進学を志す。中学卒業後に単身渡英し、エディンバラ大学商学部に進学。神戸大学大学院国際協力研究科で開発経済学を学んだ後、再び渡英。サセックス大学経済学研究科で博士(DPhil)取得。世界銀行、アジア開発銀行で、ブータンなどの国際開発を担当。アジア成長研究所 研究部 准教授を経て、2019年から現職。趣味は旅行や映画鑑賞、ヨガ。


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