松本隆スペシャルトークイベント

「作詞でリスペクトしていたのは、ジョン・レノンだけ」作詞家・松本隆、久保田麻琴と語る音楽人生

京都に縁のある作詞家・松本隆さんがゲストをお迎えし対談するトークイベント。8月には曽我部恵一さんを迎えて第1回が催された。9月30日にホテルオークラ京都の最上階で行われた第2回のゲストは、松本さんの古い音楽友達である久保田麻琴さん。京都で生まれた伝説的バンド、裸のラリーズの元ベーシストであり、久保田麻琴と夕焼け楽団を率いた。トークでは楽曲や映像を交えつつ、久保田さんがドラムと作詞という松本さんの2つの才能を語り、松本さんは久保田さんのライフワークである日本の伝承芸能・伝承歌の収集と研究に共感と敬意を寄せた。
久保田麻琴と夕焼け楽団のアルバム『サンセット・ギャング』から「しけもく暮らし」をBGMに2人が登場すると、会場は大きな拍手に包まれた。収録当時の思い出話と、久保田さんから見たドラマーとしての松本隆さんについてトークが始まった。

久保田:『サンセット・ギャング』のドラムは3曲くらい松本くんじゃないかな。かっこいいドラムをバシッと決めて帰っていったので、「うわあ、プロだなあ」と思った覚えがある。

松本:1974年だから、はっぴいえんど解散の翌年だね。もう作詞活動を始めていた。

久保田:アルバム収録が初対面だったね。僕は一方的にはっぴいえんどが好きで見てたんだけど。

松本:裸のラリーズとは一緒のライブに出てるよね。

久保田:そんなことがあったかも。昔のコンサートってめちゃくちゃな寄せ集めで、裸のラリーズが前座、サディスティック・ミカ・バンドがトリなんて日があった。

松本:はっぴいえんどとミカ・バンドは少し時代がずれてたかな。

久保田:1、2年の差はあったかもしれない。あの時代は混沌としていて面白かったよね。

――久保田麻琴と夕焼け楽団「いとしのマリー」を再生

久保田:松本くんのドラム、渋いね。このアルバムは林立夫くんも叩いてるよ。林くんはその後出世したし、こうして2千曲の作詞をして紫綬褒章をもらった作詞家もいるし、夕焼け楽団は幸運のバンドなんだよ(笑)。この曲も松本くんはクールに決めてたなあ。

松本:はっぴいえんど時代って僕、笑顔の写真がないもんね(笑)。

久保田:特別なバンドだったね。2年前の武道館ライブ「風街オデッセイ2021」も本当に素晴らしかった。

松本:あの時は吉田美奈子さんがトリで「観客を歌声でぶっ飛ばす」ように、素晴らしい歌を歌ったね。彼女が16歳の頃に出会ってるから不思議な感じだったな。僕は、はっぴいえんどの一つ前のエイプリルフールってバンドをやってて、新宿の「パニック」ってディスコティックで毎晩演奏していた。そこに美奈子さんが観に来てくれたのが最初。

久保田:そういう縁なんだね。我々はヒッピーのような時代が長かったので、ライブで叩き上げていく姿に憧れがあった。

松本:当時「パニック」の右隣が唐十郎さんの紅テント、左隣が寺山修司さんの天井桟敷。文化の最先端が集まっていたよね。

久保田:その次に松本くんにドラムを叩いてもらったのが、細野さんプロデュースアルバム『ハワイ・チャンプルー』の「国境の南」。ハワイのスタジオで収録中、細野さんが「今日松本くんが家族旅行でハワイに来るから迎えに行ってくる」と突然言ってね。で、半ば拉致するように連れてきて、松本くんに頼んだんだよね(笑)。

松本:「録音してるから遊びにおいで」と言われたんだよ(笑)。ドラマーはやめたって宣言してたんだけど。

久保田:時差ボケもあるだろうに、これも一発でかっこよくドラムを叩いて決めて帰ったね。

――久保田麻琴と夕焼け楽団「国境の南」を再生

久保田:(ドラムが聴こえ始めると)来た! オン ドラム 松本隆!

松本:歌がいいよね。小坂忠さん亡きあと、跡を継ぐのは君しかいない。

久保田:小坂忠さんのライブも当時観に行って衝撃だった。

松本:忠さんの奥さん(高叡華さん)が精鋭なんだよね。僕が慶應義塾大学に入学した時、彼女はすでに企画サークルのプロデューサーで、「松本くんに次のコンサートのトリを任せるから」って言うから細野さんと組んだんだ。今思うと、それがなければサラリーマンになってたかもしれない(笑)。

久保田:僕も就職すると思ってた(笑)。当時の京都はフォークがすごく盛り上がってた時期だったね。

松本:その時に裸のラリーズに入ったの?

久保田:僕はちょっと遅くて、同じ同志社大学の軽音部だった水谷孝くんというフリークでナイスな人に誘われて。京都は激動の時代だったよ。学生運動で大学は壊れてるし。元はカントリーやボサノバをやっていて、誘われてヒッピーロックの世界へ。でも土着的な音楽への興味はずっとあった。

――久保田さんが収集した阿波踊りの映像を上映

久保田:2000年代に入ってから日本の伝承芸能のリサーチを始めた。松本くんから「阿波踊りに興味がある」と連絡をもらって、一緒に徳島へ行ったよね。

松本:この映像は「苔作※」?

久保田:高円寺での「苔作」かな。比較的新しいパンクで革命的なスタイル。今は阿波踊りの大きな要素です。

松本:僕もお祭りが好きなんだ。母の故郷だった草津温泉の祭りの神輿が思い出深い。

久保田:阿波踊りの地元研究者、檜瑛司さんと『阿波の遊行』という本を出して、その時に松本くんが帯文を書いてくれたんだよね。

松本:「祭りの踊りは神と触れ合う瞬間の花火。舞う人、伝える人、残す人、印画紙に焼き付けた人。もうリスペクトしかない」(帯文)。ほんとにリスペクトしてる。長く音楽業界にいるけど、日本の伝統音楽に興味を示す人は少ない。大企業もそう。そんな中、麻琴っちゃんは自分で車に機材を詰め込んで、日本中を旅してるんだ。

久保田:文化的な価値や、それがペイできるかどうかはまったく考えてないんだよね。熊野古道を訪ねた時に「お前は日本の人間だろ」と心を掴まれるような体験をした。戦後のアメリカンカルチャーの影響を受けてきたけど、日本の源流や日本語というOSに興味が出てきた。阿波踊りの和太鼓なんか、マイクもアンプもないのにすごく響いて泣きそうになる。

松本:徳島の現地でね、雨の中「苔作」を一緒に聴いたんだけど、あれは本当に良かったね。僕も泣きそうになった。

久保田:ミュージシャンは泣くよね。そうして一緒に旅行したり、昔から縁もあって、僕がプロデュースした楽曲では松本くんによく詞を引き受けていただいたよね。

――島田歌穂「タイム・トゥ・セイ・グッバイ ~さよならの時刻」を再生

松本:いいね。彼女は歌い上げるのが得意な歌手だけど、抑えて歌ってるのは君の指示?

久保田:詞に合う歌い方をお願いした気がするな。アルバム全体はアジアンなコンセプトだったけど、ミュージカルスターなのでミュージカルの名曲をやることになり、歌詞はもちろん松本くんでしょうと。

松本:頻繁には話が来ないよね(笑)。もっと来てくれていいのに。

――RIKKI「涙が止まらない」を再生

久保田:彼女は奄美民謡の天才なんだけど、これはポップ。松本くんの歌詞は心のひだがすごいというか、女性を憑依させて書いている感じがする。

松本:口寄せに近いね。先祖がシャーマンなのかも(笑)。ルーツは信州なんだけど。

久保田:本当? 僕も半分信州なんだよ。周囲のミュージシャンにも結構多いね。

松本:オオクニヌシノミコトの流れだ。滅ぼされた方ね(笑)。

――山本 翔「京都ブルース」を再生

松本:この曲はもう少し売れてもよかったな。ジャケットもノーマン・シーフだし、完璧なプロデュースだよね。

久保田:ジョニ・ミッチェルのジャケットを手掛けたデザイナーだね。山本翔さんは和製ミック・ジャガーと呼ばれたすごくかっこいい男だった。京都を歌ったディープな曲だね。松本隆と京都のルーツはここかもしれない。

松本:都市を読み込んだ歌は結構売れる。でもこれはそんなに京都を知らない頃に書いたから、今はもっといい詞が書けるんじゃないかな。書いてみたい。

久保田:東京を歌った「風をあつめて」だって「摩天楼の衣擦れ」だからね。スモッグのことなんだけど、すごい表現。なんてロマンチストなんだろう。

松本:銀座に行くとドヨンと溜まってるんだよ。

久保田:僕は実家が映画館だったんだけど、一日じゅう映画のある生活だと本が読めない。文字を離れて映像が浮かんでくるから。でも、はっぴいえんどの言葉つきはショックだった。革命的だったね。

――はっぴいえんど「春よ来い」を再生

久保田:本を読まない僕に対して、水谷孝くんはジョルジュ・バタイユを読んでるような人だったんだけど「松本隆はいい線いってる」って言ってた。

松本:本当?

久保田:「夢野久作を読んでると思う」って。

松本:ばれてるね。「あやかしの動物園」あたりに表れてるかもしれない。でもバンド時代にリスペクトしていた作詞家っていうとジョン・レノンしかいない。オノ・ヨーコさんとの対談で言ったことなんだけど、ビートルズ以前のラブソングはYou and Iの世界だった。ビートルズはそこにShe loves youを持ってきた。三人称になると社会が開けて、違う世界が見えてくる。ビートルズがすごいのは、その複雑な歌詞とコーラス。

久保田:リバプールはアイリッシュの人たちが多くて、歌メロ的なカルチャーだよね。不思議な港町だね。

松本:僕も港区出身だし、港町が好きなんだよ。青山から海は見えないけど。でも、「風街」と名付けた街の、青山で聞こえる汽笛の音や、原宿で深夜通る輸送列車の音、そういうものは自分の原風景に入ってる。

久保田:カラフルだった頃の東京で青春を送って、はっぴいえんどができたんだね。誰が欠けても成立しない、特別な偶然で生まれたバンドだなとずっと見ていて思う。長く生きてきたけど、あと半世紀がんばりたいよ。松本くんと一緒にね。

――二人は肩を組み、微笑みながら退場。


松本 隆
1949年生まれ、東京都出身。1969年に結成したはっぴいえんどでドラムを担当し、多くの楽曲で作詞を手がける。生まれ育った東京の情景や都市に暮らす人々の心象風景を描いた歌詞でファンを獲得。解散後は作詞家として活動。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、近藤真彦「スニーカーぶる~す」などミリオンセラーを連発し、寺尾聰「ルビーの指環」で第23回日本レコード大賞を受賞した。2021年に作詞活動50周年を記念してトリビュート・アルバム『風街に連れてって!』を発売し、ライブ『風街オデッセイ2021』を開催。2017年秋に紫綬褒章を受章。

 

久保田 麻琴
1949年京都府生まれ、石川県小松市出身。1970年同志社大学在学中にデビュー。その後、同じ軽音楽部に所属していた水谷孝さんの誘いで裸のラリーズに参加。担当はベース。休学中に渡米し『まちぼうけ』をリリース。74年には久保田麻琴と夕焼け楽団を立ち上げ、『サンセット・ギャング』を発表。プロデュースや映画音楽も手掛けるほか、日本の伝承芸能のリサーチ活動も精力的に行っている。著書に『世界の音を訪ねるー音の錬金術師の旅日記』(岩波書店)、『阿波の遊行:檜瑛司民俗芸能写真集』(河出書房新社/監修)など。

※苔作(こけさく):1968年にわずかな人数のメンバーで結成。鳴り物に笛や三味線を用いず、太鼓など打楽器のみという独自スタイルの阿波踊りを貫く。大きな音と速いテンポ、熱気と迫力に満ちた踊りが特徴。


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