
「子どもが病気になった時こそ、暮らしを支えるサポートが必要」
全国で初めて新型コロナウイルス感染症にも対応した訪問型病児保育。
病児保育のサニー
医師・宮本雄気(みやもと・ゆうき)さん、保育士・田中弘恵(たなか・ひろえ)さん
保育と医療の掛け算で、世の中をより良く変えていきたい−。2023年5月から京都市で始まった『病児保育のサニー』は、そんな思いから生まれた新しい形の保育サービスだ。医師や看護師と連携し、保育士が「自宅を訪問」して病気の子どもの保育にあたる。前日夜までに依頼すれば100%対応が可能(会員対象)で、全国で初めて新型コロナウイルス感染症も受け入れている。今や全世帯の7割を超え、1528万世帯にも上る(2022年総務省労働力調査)共働き世帯、また一人親家庭の保護者にとっても、病児保育はいざという時の心強い味方だ。
「子どもが病気になった時こそ、暮らしを支えるサポートが必要。病児を抱えた親の移動は大変です。保育士がご自宅で病児保育を行うことで、保護者の負担が軽減され、家族が健やかに楽しく暮らすサポートになればと思います」。サニーを運営する医師の宮本雄気さん、保育士でゼネラルマネージャー(GM)を務める田中弘恵さんに話を聞いた。
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−−医師として救命救急と在宅診療、公衆衛生を専門にされている宮本先生が、なぜ訪問型病児保育サニーを立ち上げることになったのですか?
宮本:きっかけは、新型コロナ禍です。感染が急拡大していた2020年12月末、入院先の調整がつかず80代女性が自宅で亡くなるという事例が京都府で発生しました。新型コロナウイルス感染症が広がり続ける状況に「この状況を放置すれば、これからも多くの人が命を落としてしまう」と危機感を持ちました。
そこで、2021年2月に「病院ではなく、患者の自宅に出向いて治療にあたる」という新しい発想で、新型コロナ感染症患者の訪問診療を行う医療チーム「KISA2隊(きさつ隊)」を創設し、全国に先駆けて活動を始めました。医師をはじめ、訪問看護を行っているアドナースの看護師・鎌田智広さんとも一緒に、現在までに約1000人の新型コロナウイルス感染症患者の自宅に赴き、治療を行いました。

宮本:新型コロナウイルス感染症は、私たちが生きる社会の弱い部分をあらわにし、そこをつつくような病気です。「KISA2隊」として寝たきりや認知症の方、老老介護の家庭を訪問して診療を行う中で、最も印象的だったのが、幼い子どもがいる子育て中の家庭でした。
その家庭では、お父さんは上の子どもを連れてホテルに隔離療養し、お母さんが生後間もない子どもをワンオペで育児していたのです。高熱に苦しみ、点滴を受けながらも授乳しなければならないという追い詰められた状況で、心身ともに限界を超える負担がかかっていました。「このままでは、どうにかなってしまうかもしれない。助けてください」というお母さんの悲痛な声に触れたことが原体験となって、病児保育の新たなサービスを作ろうと決意しました。
−−GMの田中さんは保育士と幼稚園教諭の資格をお持ちで、子どもたちと触れ合う現場で経験を重ねてこられました。サニーに携わるようになったきっかけを教えてください。
田中:私はこれまで公立や私立の保育所・幼稚園をはじめ、病院内保育所での勤務を経験してきました。今年、自分の子どもたちが成人を迎えたのを機に、改めて自分自身のことを振り返ったんです。周囲の協力があったからこそ、育児と大好きな保育士の仕事を続けられたと思いました。
「次は自分が、社会に恩返しをしたい」と考えていた時に、京都で新しく始める訪問型病児保育事業の計画を耳にしたのです。宮本先生にお会いしてお話を聞き、医師として医療に貢献しながら、さらに子育ての環境もより良く変えようという思いにとても共感しました。「サニーで働くことで社会貢献ができるんじゃないか」と考え、私も一緒に頑張ってみようと思ったのです。

田中:子どもたちはこれからの社会を支えてくれる、大切な宝のような存在です。けれど今の社会は、子どもたちや、子育て家庭を支えるという面では、まだまだ弱い部分がたくさんあります。保育士として長年働く中で「子どもの病気や感染症で保育園に登園できない」「病児保育の施設も、定員がいっぱいで受け入れてもらえない」と、お困りの保護者の方がたくさんいらっしゃることを痛感しました。
サニーは訪問型なので定員もなく、感染予防の研修を受講した保育士が1対1で対応します。なので、他の子どもたちに感染が広がる恐れもありません。核家族化が進む中、共働きで頑張っておられる子育て家庭の力になる存在でありたいと思います。
■しんどい時こそ、住み慣れた家の、普段と同じ部屋で。
−−医療と保育、それぞれの分野でキャリアを重ねてこられたお2人に共通する志から、サニーが始まったのですね。病気の時に自宅で過ごせるという安心感は、訪問型の病児保育ならではと感じます。
田中:病児保育の施設に預ける場合は、朝の忙しい時間帯にお子様の着替えなど、外出用の荷物を用意したり、雨などの悪天候で移動がストレスになったり、施設で過ごすことで違う感染症にかかったりと、さまざまなリスクもありますよね。訪問型であれば、そのような心配は全くいりません。
体がしんどい時は、誰しもリラックスしたいし、ゆっくりしたいものです。だからこそ住み慣れた家の、普段と同じ部屋で過ごすことで、体も心も落ち着いて休むことができると思います。
宮本:必要な時にいつでも子どもを預けることができ、保護者が安心して働ける社会。その実現を目指して、サニーでは「月会費制」で運営しています。月会費が保険のように作用し、急に病児保育が必要になった会員様を会員様がみんなで支えあう仕組みです。そうすることで、私たちがいつでも派遣できるよう、常時病児保育のトレーニングを受けた保育士を雇えるというメリットもあります。それぞれのご家庭のニーズに合うよう、お子様の年齢とご利用の頻度に応じた月会費を設定しています。
一方で、子どもたちが感染症にかかり、免疫をつけることは、成長の過程で非常に重要です。だから、私たちは新型コロナウイルス感染症も含めて、突然の子どもの病気に100%対応したいと考えています。
医師として訪問診療を行っていると、いつも「課題となる『事件』は病院でなく、家の中で起きている」と実感します。病気になった時に一番大変なのは、受診の後に帰宅して家で過ごす時間。病気でありながら日常生活を送ることに、苦労されることが多いから、解決すべき課題もたくさんあります。
保育も全く同じだと思います。目立たないけれど、課題となる「事件」は一番泥臭くて、しんどい家の中で起こっている。だからこそ、私たちは訪問型病児保育という新しいサービスを通して、家の中で頑張っている方に寄り添い、誰もが安心して働ける社会の実現につなげたいと考えています。
(2023年10月11日発行 ハンケイ5m vol.9掲載)
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