<出会う>京都のひと

「アートとしての自然布を前に、自分の作品は比べ物にならないと感じました」

古布を専門に扱うギャラリー。

Gallery 啓 オーナー 川崎 啓

■自然布は無意識のアート

骨董屋が立ち並ぶ寺町通に「自然布」と呼ばれる古布を主に扱うギャラリーがある。自然布とは、藤やシナなどの木や、大麻、苧麻などの草の繊維を原料にした布のこと。時代にすると、縄文時代頃から庶民が普通に木綿栽培が出来るようになる江戸中期頃までに主に作られていた布を指す。

「自然布は、時代も国境も越えた無意識のアートだと思っています」。

そう噛み締めるように語るオーナーの名は川崎啓さん。日本でも有数の自然布蒐集の専門家であるが、以前は革小物の作家だった。

啓さんの審美眼でセレクトされた古布たち。草木の種類によって色味や触り心地も異なる。

■自然布の美しさに作家は転機を迎える

京都の大学の美術系学部に在学中、出入りしていた革工芸専門店でものづくりの楽しさに目覚めた川崎さん。卒業後に一度就職したものの想いは断ち切れず、仕事を辞めて作家としての人生を選んだ。

「歩くオブジェ」というテーマで、ドレープ(ひだ)などのある革と古布を組み合わせた前衛的なバッグやオブジェ作品を多く生み出した。東山三条に前身となるショップ兼アトリエを構えたのは1992年。はからずも同じ頃、作品づくりもひとつの転機を迎えることになる。

「その頃は型染めの古い木綿を作品に使っていたのですが、どこか民藝のように思えてきて。そこで、シンプルで糸目自体が美しい自然布に興味がいくようになったんです」。

作家時代の作品。古布をはさみ、レザーを額に見立てた。

それまでは作品を構成するパーツのひとつだった古布。しかし、木を伐採するところからはじまる途方もない作業工程や歴史を知るほどに、自然布に宿るパワーに圧倒されるように。

「自然布のすごさを前に、私の仕事は比べ物にならないと思いました。美しくてカッコいいものを目指してきましたが、それが自然布だったんです」。

長年、息を吸うように続けてきたものづくり。作家の自分に、もう未練はなかった。

布だけでなく民具などの骨董も扱う。こちらも普遍の美がテーマだ。

■まずは自分の目で美しさを感じてほしい

2001年に現在の場所に移転。作品は置かず、自然布を主としたギャラリーに転換した。アートであり民俗学的価値も高いと思われる自然布だが、驚いたことに日本ではまだ学術的に確立されていないという。

「日本人は知っている『つもり』になっている。ここでは自然布の説明役に徹していますが、事前に多くは語らないようにしています。私がそうだったように、まずは自身の目で『素敵だな』と思って欲しいので」。

寺町に店を構えて17年。自然布も次第に認知されてきたと安堵の微笑みを浮かべる川崎さん。気が早いようだが、彼女は理想の最期をこう語る。「最後の一枚を価値のわかる若者に託して絶命できたら、心残りはありません」。

自然布の美を次の世代につなげること。それが川崎さんの夢なのだ。

(2018年11月12日発行ハンケイ500m vol.46掲載)

重ねているだけでも絵になる自然布。デザインもモダンで古く臭さは全く感じない。店ではインスピレーションを大切に。素朴な質問にも気さくに答えてくれる。

Gallery 啓

京都市中京区寺町通夷川上ル久遠院前町671-1

▽TEL:0752127114

▽営業時間:11時半~18時

▽定休:木