
「障がいのあるなしに関わらず『好きなことをして働きたい』。そんな思いを尊重する多様なつながり」
その人に合った就労支援や生活介護事業を展開する一般社団法人 暮らしランプなかの邸 事業長
小林明弘さん
たとえば焙煎したての珈琲を味わったり、少し変わった庭の植物を愛でたり。小さなお店でだれかを想って、食べ物を作り届けること。暮らしのほんの少し先を、ほんの少し明るく灯すランプのように、町の中にほっとする出来事を、ひとつひとつていねいに生み出し、重ねていきたい。そんな思いで、一般社団法人「暮らしランプ」(京都市西京区)は、向日市や長岡京市で就労支援や生活介護の事業所を展開し、さまざまな活動をしている団体だ。
2023年1月6~30日まで、京都市下京区のからすま京都ホテル1Fにあるハンケイ5mショップでコラボフェアを開催する。手作業でていねいに選別した自家焙煎のアジア産コーヒー豆や、手作りの北欧風アクセサリーの販売、アート作品の展示を行う。今回のコラボフェアを担当する小林明弘さんに、「暮らしランプ」の取り組みについて聞いた。
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−−コラボフェアに出展するアジア産コーヒー豆は、長岡京市にある国登録有形文化財の邸宅、「なかの邸」で、身体に麻痺がある利用者の方たちと一緒に製造されているそうですね。
小林:はい、江戸時代の蔵を改装した工房で、ガス焙煎機を使ってひと月に約150キロのコーヒー豆を焙煎しています。環境負荷の小さい、持続可能な農業を実現しようと活動されている「坂ノ途中」さんのコーヒー豆を仕入れて、焙煎士と片麻痺がある利用者さんがチームになって取り組んでいます。
コーヒー製造のきっかけを作ったのは、白波瀬和彦さんという利用者さんです。前身となる小さなカフェが向日市にあったのですが、その店に白波瀬さんが「何かできる仕事はないですか?」と訪ねて来られたんです。
若い頃に脳梗塞を患った白波瀬さんは、身体の左半分に麻痺があります。簡単な厨房作業、接客など、カフェの仕事の中で、何が一番興味があり、やりたいか尋ねたところ、コーヒー豆の選別を希望されました。手で選別する細かい作業はリハビリにもなるんです。
白波瀬さんが頑張って生豆を選り分けてくれるので、どんどんコーヒー豆の在庫が増えてきました。さらに、「片麻痺で、できる仕事がある」という情報が広まって、「私も働きたい」という方が集まって来られた。働き手の人数とともにコーヒー豆の量も増え「それじゃあ、自家焙煎コーヒーの販売をやろう」ということになったんです。
−−なるほど「暮らしランプ」のコーヒーは、利用者の方の「この仕事がしたい」という思いを発端として、次第に輪が広がったのですね。
小林:私たち「暮らしランプ」の支援は、利用者さんが「何をやりたいか」という部分に寄り添うことを大事にしています。「なかの邸」ではコーヒー製造のほかにも、調理や接客をしたり、庭の手入れや店内に飾る花を生けたりと、それぞれの利用者さんが「やってみたい」ことを仕事にできるように工夫しています。
働く時間も、午前10時~午後10時の間で選べるようになっています。精神性など多くのことが理由で「夜だと落ち着いて仕事ができるかもしれない」という方が一定数います。その声に応える事業所が京都府内になかったんです。「それなら、自分たちで場を作ろう」と始まったのが「なかの邸」なんですね。
私は今の仕事に就く前に、福祉と関係のない一般企業で働いていました。福祉業界に入って一番疑問に思ったのは「選択肢が少なすぎる」ということです。「障がいがある」というだけで、仕事の時間や内容が限られてしまう。そんな社会の現状を、自分たちが選択肢を増やすことで、少しでも変えていきたいと考えています。
「暮らしランプ」が取り組んでいる就労支援とは、利用者さんが自立する訓練のための場所です。それにはまず、利用者さんが自分自身のことを認められる、自分を肯定できるような環境作りが必要です。
そのためにも、障がいのあるなしに関わらず、たとえば「ここのコーヒーが美味しいから」だったり、「持続可能性を考えている、会社の取り組みに共感したから」だったり。そんな理由で「暮らしランプ」のコーヒー豆が選ばれるようになりたいと思っています。
試行錯誤を重ねた個性豊かな味わいを楽しんで。
なかの邸 焙煎士 有我修一さん
欠けた豆や小さな豆を手作業で選り分けるコーヒー豆のハンドピッキングから、計量、焙煎した豆の袋詰めなど、利用者さんそれぞれの得意なことを生かして、コーヒー製造の仕事を分担しています。仕事に使う設備や機械も、片手でも操作しやすいように木の板を追加で取り付けたりと、自分たちで試行錯誤を重ねています。
私たちが取り扱っているアジア産コーヒー豆は、どれも味わいが個性的なのが特徴です。ラオス、インドネシア、タイ、ミャンマー、東ティモール、雲南、それぞれの産地の個性を引き出すように、同一産地の豆で浅煎りと深煎りを合わせた独自の「シングルブレンド」を作っています。
アジア産コーヒー豆はそもそも流通量が少なく、生産国だけで消費されているものも少なくありません。ほかにはない独特の酸味やフルーティーな香りは、コーヒー好きの方だけでなく、「苦いコーヒーは苦手」という方にも楽しんでいただけます。個性豊かで希少な「暮らしランプ」のコーヒーを、ぜひ一度味わってみてください。
「ありがとう」の言葉がモチベーションです。
ハンドピッキング担当 白波瀬和彦さん
「なかの邸」が2019年にオープンして以来、週に5日間、ここで働いています。建物の入り口前が、私の定位置。椅子に座って机に向かい、1日4時間、コーヒー豆を選別しています。35歳の時に脳梗塞を患うまで飲食関係で働いていたので、お客さんと話しながら仕事をするのが好きです。来店されたお客さんの中には「体が不自由やのに、大丈夫?」と心配してくれる方もいらっしゃいます。そんな時は「ああ大丈夫ですよ! こんな病気やけども、こうやって仕事しているとリハビリにもなるし、体もますます良くなってくるんですよ。何事も諦めたらダメです」なんて話をします。
今年で56歳ですが、とりあえず「還暦を迎えるまで」を目標に頑張っています。でも60歳で辞める必要はないから、体が動く以上は、ずっと働き続けていこうかなぁと思っています。やっぱり、お客さんから「ありがとう、美味しかった」という言葉をいただいた時は嬉しいですから。やりがいがありますね。仕事を終えて家に帰ってきたら、また頑張ろうと思えます。「なかの邸」の仕事が、自分自身のモチベーションですね。
(2023年1月6日発行 ハンケイ5m vol.6掲載)
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