ハンケイ5m

「そのままでいい。信頼する父からの肯定が、何より嬉しかった」

LGBTQに関する情報発信を続けるYouTuber
かずえちゃん

「『LGBTQ(性的少数者)』や『カミングアウト』という言葉が、この世界からなくなってしまえばいいと思っています」。
穏やかに明るく語られる言葉にはっとした。自分自身のセクシャリティを隠さない「オープンリー・ゲイ」のYouTuber として、「かずえちゃん」の名前で活動している藤原和士さん。言葉の奥に、静かな熱が満ちている。
偏見や無関心がもたらす差別や分断を超えた先に、新しい世界は広がっている。そう信じて一歩を踏み出した時に、かずえちゃんの旅が始まった。痛みや悲しみや絶望ではなく、優しさや喜びや希望をともに語り合える世界へ向けて。YouTubeで配信している動画は、自身による旅の記録でもある。

■小学5年生で抱いた違和感「バレたら終わり」

福井県福井市の生まれ。妹2人の3人兄妹の長男として、共働きだった両親と、家族5人で暮らす賑やかな家庭で育った。
「一番初めに『自分は周りの子とちょっと違うな』と感じたのは、小学5年生の時でした」。
思春期にさしかかり、クラスの雰囲気が微妙に変化し始める時期。男子は女子の、女子は男子の目を意識しているような行動が増えてきた。
「でも自分には、それが全然理解できなかった」。
女子を好きになるという気持ちが「分からない」。なぜだろうと考えているうち、「自分は、男の子を見ている」と気づいた。
「その瞬間、『これは絶対にバレたらあかん。バレたら終わりや』という恐怖感が湧き上がってきました」。

かずえちゃんが思春期を過ごした1990年代の初め頃、当時人気のバラエティ番組で、同性愛を嘲笑するようなコントが流れていた。「オカマ」や「ホモ」という言葉とともに、それは「気持ち悪いこと」として「笑い」の対象にされていたのだ。
ある日、教室で男子がふざけて、そのコントの真似をした。担任の男性教師が笑いながら「お前らホモか」と言うと、「違う! 気持ち悪い!」と彼らは笑い声を上げて、互いに離れた。
「子どもにとって、教師の言動は大きな物差しになります。『男が男を好きになるのは、気持ち悪いことなんや。治さないとあかん』と思い込んでしまった。自分自身に対してすごく否定的でした」。
「よくいる男の子」の仮面を被り、暗いトンネルを手探りで進むような青春時代を過ごした。

■自分と同じ世界の人との出会い

地元の高校を卒業後、かずえちゃんは、結婚式場のウエディングプランナーになる。人生の門出を迎える新郎新婦のために、最高の結婚式を作り上げる仕事だ。「特に理由もなく選んだ仕事でした。当時は結婚といえば男女のもので、『もし自分なら』と想像したこともありません。何か別の箱の中の出来事のように感じていました。知識がないときは、悲しむこともできないんです」。
孤独感が募る中で見つけたのが、ゲイが集うインターネットの掲示板だった。
「『福井にも、自分と同じ人がいるんや』って嬉しくなりました」。
掲示板で出会った男性と、ひと月ほどメールのやりとりが続いた後、会うことになった。「すごくいい人でした。ドーナツショップで初めて会って、雑誌を見ながら、『この人かっこいいよね』とか、みんなが何気なく学校で会話するようなこと、色々話しました」。
掲示板を通してコミュニティの輪は広がり、24歳の時に初めてパートナーが出来た。「大好きになったんです。恋愛ってこういうことかって実感しました。その人を、家族に紹介したいという気持ちが日に日に強くなってきて、もう嘘をつきたくないと思ったんです」。その年の暮れに、まず家族に打ち明けることを決めた。

■自分を肯定してくれた、父の言葉

長男は家を継ぎ、親に孫の顔を見せるのが務め、それを果たせない自分は、長男として申し訳ないー。ずっと、そう思って生きてきた。「実は僕は、男の人が好きなんです」とカミングアウトした時、「ごめんなさい」と謝ってしまった。かずえちゃんの話を最後まで聞いてから、父が言った。
「何があろうと、お前は俺たちの息子やから。だから、堂々と生きろ。謝ることなんか、全然ないぞ」。
そのままでいい。父は自分という存在を肯定してくれた。「自分の中に柱が立ったようでした。信頼する両親に認めてもらえて、これでいいんやと、初めて思えました」。
いつも心の中にあった「バレたら終わり」という恐怖が、少しずつ薄れていく。自分のままで、生きていっていい。そう思えた時に、かずえちゃんの人生が動き出した。「海外に住んでみたい」。長年の夢を叶えるため30歳を前に仕事を辞め、ワーキングホリデーを利用してカナダに渡った。

■誰もがマイノリティであり、マジョリティ

「この国では、ゲイであることを隠さずに生きよう」。2005年に同性婚が認められたカナダでは、かずえちゃんのことも、当然のこととして受け入れられた。一方で、欧米の社会ではアジア人がマイノリティの立場に置かれていると感じることも少なくなかった。「日本では、ゲイである自分はマイノリティだと思っていましたが、カナダでは違った。でも違うところではマイノリティを感じました。人間は誰しも、どこに身を置くかによって、マイノリティにもマジョリティにもなる。そう気付いたことは大きな成長でした」。
変わらないのは、自分が自分であるということ。僕は僕のままでいいし、あなたはあなたのままでいい。LGBTQは身近にいるし、僕たちは一人じゃない。そして、この世界は、僕たちみんなに開かれている。

「京都レインボープライドパレードフェス2022」に参加した際の様子。左下に、かずえちゃん
■10人に1人、でも「見えづらい存在」

かずえちゃんはカナダから帰国後の2016年7月から、YouTube 配信をはじめる。国内外のプライド・パレードの様子やLGBTQ 当事者へのインタビュー、かずえちゃんと家族との関わりなど、自身で撮影・編集した動画を紹介している。チャンネル登録者数は9万6000人、これまでの動画の総再生回数は3400万回を超えた。日本ではおよそ10人に1人という調査結果もあるほど、LGBTQは身近な存在だ。だが、いまだに無くならない差別や偏見、そして大多数の無関心が、すぐ隣にいるはずの人たちを「見えづらい存在」にしている。
「僕は差別や偏見に触れる度に、いつしか痛みに慣れていった。でも、もういい加減にやめにしたいんです。痛みに鈍感にならず、声を上げ、アクションを起こさないと、何も変わらない。だから僕は、YouTubeで発信し続けます」。

小学5年生だったあの日、教室の中に立ちすくみ、たった一人で孤独感を抱えていた自分へ。そして今、同じように孤独と絶望に押しつぶされそうになっている人たちに、伝えたい。
「自分が自分であることは、当たり前のこと。誰もが持っている『その人らしさ』が尊重され、堂々と生きていける社会に変えていきたい。そんな未来を、みんなで一緒につくりたいと思っています」。
ゆっくりでも、ともに歩む足跡が、やがて道を開くと信じている。旅はまだ、路上にある。

かずえちゃん(藤原 和士)
小学生の頃から同性に好意を抱くようになる。現在はLGBTQに関する情報発信のため、YouTubeチャンネルの開設や三洋化成工業(株)とのイベントなど、精力的に活動中。本誌『ハンケイ5m』でも、LGBTQ当事者による性的マイノリティ啓発コラム「かずえちゃんの伝えたいこと」を随時掲載。

(2022年10月5日発行 ハンケイ5m vol.5掲載)


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