ハンケイ5m

「それぞれが役割を担っていて、どれが欠けても物語は完成しない。すべてが支え合っているということを、作品で表現したい」

イッチン技法の陶芸作品と、アイシングクッキー。繊細でありながら、生命感あふれる作品を手がける造形作家
岡本 彩(おかもと・あや)さん

缶の中には、まだ誰も知らない物語が詰まっている。初めて出会った絵本のページをめくるように、ゆっくりとふたを開けよう。それは、小さな世界に通じる扉だ。いつの日か探していた青い鳥、どこかで出会った子羊。子どものころに思い描いた夢の世界をそっくりそのままお菓子にしたような愛らしいクッキーの数々に、思わず心が踊り始める。
このクッキーを作っている岡本彩さんは、陶芸も手がける造形作家だ。奈良市内で器とお菓子の店「銀雪の里」を構え、併設するアトリエ「銀雪窯」で作陶に励んでいる。草花や小鳥などの生き物をモチーフとしたアイシングクッキーや、繊細な紋様が特徴的な陶芸作品。ブローチのようなクッキー、クッキーのようなブローチ……。岡本さんの作品はどちらも色彩や風合いが似ていて、一瞬迷ってしまうくらいだ。個性的で可愛く、全国に多くのファンを持つのも頷ける。

「ひつじの家族」のクッキー缶。百貨店での出店も多く、店頭に並ぶと、販売後すぐに売り切れるという人気ぶり。
■母から教わった菓子作りと、志した陶芸の道。意外な共通点が、個性を育む。

「銀雪の里」は奈良市の中心市街地である奈良町の北側、通称「きたまち」と呼ばれる地区に店を構える。小さいころから手先が器用だったという岡本さん。幼稚園から帰ると、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」を見て、主人公のハイジのミニチュアを粘土で作って遊んでいたそう。なにかをこねて、作り出すことが好きだった彼女には、粘土以外にもう一つ好きなことがあった。
「しょっちゅう母と一緒にお菓子を作っていました。アイシングクッキーは中学生の時に知って、その楽しさにはまりました」。クッキー作りと粘土遊びの両方に、自分の手で作品を生み出すという楽しさを感じていたそうだ。

中学、高校と地元の絵画教室に通う中で、ものづくりの奥深さに触れ、陶芸の道を志した。高校卒業後は、京都伝統工芸大学校の陶芸専攻に進学。基礎の土もみから、ろくろの扱い、清水焼の技法をベースとした絵付けまで、ひたすら手を動かし、陶芸に向き合う日々を過ごす。並行して、空いた時間には母と一緒にアイシングクッキーも作り続け、周囲で評判になった。卒業後、2017年に現在の店「銀雪の里」を開業。茶碗やアクセサリーなどの作陶と、クッキーなど焼き菓子をデザインから携わって作っている。

岡本さん作のブローチ。クッキーのようで食べたくなる。

幼いころからのめり込んだ二つのものづくり。改めて振り返ると、無関係に思える両者には共通点があり、作家としての岡本さんの個性を形作っている。岡本さんの陶芸作品は、表面に立体的な模様を描く「イッチン」と呼ばれる技法が特徴だ。土を水で溶いた泥漿を絞り出して模様を描くイッチンと、粉糖と水を混ぜたアイシングで装飾する菓子作り。「立体感を表現するという点では、どちらも似ていますね」。

岡本さん作の器とアイシングクッキー。器に描かれた小鳥と、同じ小鳥のアイシングクッキーは、まるで器から飛び出してきたかのよう。
■多様に生きること。そこに寄り添い、物語を紡ぐ。

クッキーでも陶芸でも、岡本さんが作品から生み出す物語は、ただ明るく楽しいだけではない。誰もが心の内に抱えている痛みも含めて、「生きる」ことの両面に寄り添う優しさが、作品に表現されている。
たとえば、動物や人の表情など、細やかなアイシングが施されたクッキーも、形や大きさがどれも微妙に異なり、一つとして同じものはない。目が少し小さい羊も可愛く、ちょっと耳が大きな猫も人懐っこく見える。「そろってなくても形を整えたりせず、そのまま仕上げます。それぞれが役割を担っていて、どれが欠けても物語は完成しないと思うんです。すべてが支え合っているということを、作品で表現したい」。「銀雪の里」のクッキー缶の中で紡がれる物語は、多様な生命がつながり合う優しさにあふれている。

古民家を店舗にした「銀雪の里」

日頃から、このように作品づくりをする岡本さんが、このたび『ハンケイ5m』とのコラボレーション商品を新たに制作することになった。「この雑誌のコンセプトに、私の作品のイメージと重なる親和性を感じました」。鳥や羊、ハートや人が楽しそうに缶に詰まったオリジナルのクッキーと、同柄の茶碗と小皿。「つながり、連なる」をテーマに、岡本さんと『ハンケイ5m』の世界観が混ざり合った作品だ。
「人のまわりに鳥がいて、動物がいる。人から始まるつながりによって世界が広がっていくような、そんなストーリーを大切にしています」。思いを表現したクッキーの原材料には、なるべく自然の食材を使うよう心がけているのだそう。明るく力強いイメージの黄色はカボチャ、華やかで深みのある赤色、淡く柔らかなピンク色はフランボワーズやいちごを使う。「生まれ育った奈良のものを使いたい」という思いもあり、いちごは地元特産の『あすかルビー』だ。ほんのり甘く、そしてサックリと優しい味わい。それぞれの造形美を愛しみ、素材の持ち味を引き出す工夫が、目に楽しく食べて美味しい、温もりあるクッキーに仕上げている。

(2022年7月15日発行 ハンケイ5m vol.8掲載)


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