<出会う>京都のひと

「この業態にしたのは、将来生まれてくる子どものそばにいたかったから」

手間ひまをかけたワンランク上の惣菜店。
ときわOSANDO 店主 北爪大介

■家族を大切にしないと、他の人も大切にできない

「現地では農場で乳牛の世話をしていました。英語はまったくしゃべれへんけど、なんとかなる。どこでも人間は生きられるんやなって」。
21歳の時、北爪大介さんがワーキングホリデーで滞在したカナダでのエピソードだ。帰国後、従兄弟が経営するインド料理屋で働いたのを機に、長きに渡る飲食の世界に入った。
「季節感のある料理が作りたくなって。次は和食に行きました」。前職の創作居酒屋「まんざら亭」に入社したのは25歳。一時期、店を離れたものの36歳の時に社長の声かけで復帰し、新規の弁当事業を任された。現在の惣菜作りはその経験が元になっている。

惣菜メニューより、若鶏のグリル、トマト煮込ハンバーグ、天 然鯛のあら炊き、エビマヨ。日替わり弁当は500円(ラ ンチタイム限定)と700円の2種。野菜は新鮮な自家栽 培のものを中心に。ご飯の福井産コシヒカリは米農家 である親戚から届けられる。

■手の込んだ惣菜、家では作らない料理を

「独立は44歳。ちょうど結婚しようというタイミングでした」。
「ときわOSANDO」は手作り弁当と惣菜の専門店だ。単純な発想であれば飲食店となりそうなところを、北爪さんがこの業態を選んだのは理由がある。概して飲食業は終業時間が遅く、父の帰宅は遅くなりがち。母子家庭のようにして育つ子が多い。40代半ばで結婚した北爪さん、「将来、生まれてくる子供のそばにいたい」。そんな想いだった。
「カッコよく言ったら、ちょっと手の込んだ、家では作らないような料理を提供しています。コースの一品に出てきてもおかしくないような」。

ショーケースには和食だけでなく、洋食や中華のメニューも並ぶ。住宅地の常盤では、価格競争力のある惣菜のほうが売れるかも? 一瞬不安がよぎったが、そこで役立ったのが冒頭、若かりし頃の海外生活で手にした「なんとかなるさ」の精神。料理の腕には自信があった。作るものにも、自分らしさを貫きたかった。

店内。イートインはなくテイクアウトのみ。

■食べ手を慮(おもんばか)ったバリアフリーな料理

OSANDOに並ぶ惣菜は約12品、ソースも副菜もすべて手作りだ。肉は一晩寝かせてやわらかく。中央市場で仕入れる魚は食べやすいよう骨も取り除く。
食べ手を慮った、ある意味バリアフリーで優しい料理だ。作るうえで参考にしたのは、我が子の舌だった。
「子どもは正直ですよ。同じ蒸し魚でも、レンジでチンした魚は食べないですからね。子どもがおいしいというものは、ほとんどの人の舌に合う」。

あらゆる意味で店の指針になった愛息の岳君は現在4歳。今も週末には店にやってきて、ともに時間を過ごすのがルーティンになっている。これも、働くパパの背中を見てもらうため。また店には小さな物販のコーナーがあり、そこには手芸作家の妹や陶芸家である義理の家族の作品が仲良く並べられている。
「家族を大切にしないと、他の人も大切にできないと思うんです」。
どこまでも家族第一の北爪さんが作る料理。おいしくないはずがないのだ。

(2021年5月14日発行 ハンケイ500m vol.61掲載)

アクセサリーやバッグなど、妹さんによる手作り雑貨のコーナー。

ときわOSANDO

京都市右京区常盤草木町3-4
▽TEL:0754067673
▽営業時間:11時〜14時 16時〜19時
▽定休:日・祝

最寄りバス停は「常磐野小学校前」