<出会う>京都のひと

「仕事に関しては厳しい人でした。父からほめられたことは一度もないですね」

京料理に欠かせない「花菱酢」を醸造する老舗。
齋造酢店 9代目 齋 正浩、齋 泰次、10代目 齋 亜美

■親父のやってきたことを変えたくない

京都の料理人は、略して「菱酢(ひしす)」と呼ぶそうだ。京の食文化を支える「花菱酢」を醸す齋造酢店。風雅な銘は、齋家のルーツである伊勢神宮の神紋の花菱に由来するんですよ、と長男の齋正浩さんが教えてくれた

左から)酢のもの、ピクルスに使える「調味酢」1800ml 1,296円、料理人御用達の「純米酢」1800ml 972円、「花菱味付けぽん酢」360ml 702円、1800ml 2,808円、「すし酢」360ml 702円。

■ほめて伸ばす、の反対。職人気質の父の存在

「私で9代目。娘の亜美でちょうど10代目になります」。
江戸期創業の老舗。聞くと醸造は3代前からだそうで、それまでは調味料の小売をする商店だったそうだ。その後、酢の需要が高まり、小売から醸造に移行したという。その理由は「京友禅」。かつて、酢は友禅染めの色止めには欠かせないものだった。そういえば、友禅流しが行われていた堀川は蔵からもほど近い。当時の様子が思い浮かぶような、なんとも京都らしいエピソードだ。

薬品の登場で友禅用の酢はニーズが減り、現在の醸造は食用のみ。正浩さんと次男の泰次さんを含む家族6人で全ての作業をこなす。正浩さんは同志社大学卒業後、そのまま実家に入社。当時はバブル真っ只中。ウインドサーフィンを嗜む学生だったが、「小さい時から自然に継ぐことを仕込まれていたせいか、抵抗はなかったですね」。
8年前、48歳の時に父が亡くなった。「仕事に関しては厳しい人でした。褒められたことは一度もないです」。
数少ない父からの教えは「酢を買うてもらうよりも自分を買うてもらえ」。取引先は京寿司の老舗や料亭に代表される「玄人」。昔、いわゆるうるさ方の料理人は少なくなかった。品質は言うまでもなく、配達の時間にも気を配ること。しかし、弟子が独立したあと「大将と同じものを」と使ってくれることも珍しくない。小さな積み重ねが、商売をするうえで一番大切な信頼につながった。

継承されているのは味だけではない。一升瓶は店から回収したものをリサイクルして使う。遮光瓶なので味の劣化を防ぐことができ、ゴミも出ない。未来を見据えた取り組みだ。

■変わらないのではなく、変えないという老舗の矜恃

人気商品「花菱ポン酢」は30年前に先代が考案したもの。毎年、自ら徳島の製造委託先に足を運び、味を確認する作業は亡くなるまでの間、一度も欠かさなかったそうだ。そばにはいつも、頑なまでに酢一筋の父親の背中があった。
「時代に合わせて少しだけ味は変化させていますが、まずわからないと思います。親父のやってきたことを変えたくないというのが一番、大きい」。
「変えたくない」。9代目が噛み締めるように放った何気ない言葉に、代々、味を守ってきた老舗の矜恃(きょうじ)を感じた。
築100年以上の京町家で仕込まれる酢。蔵の奥に進むと、かの伏見・鳥羽の戦いでも焼け残ったという仕込み蔵があらわれた。曰く、木に棲みつく蔵付きの酢酸菌が味の秘密だそうだ。

「これじゃないとあかんな、というお客さんの声が一番嬉しいです」。
まろやかな風味でするりと喉を通っていく。これは、京の味という家族の味だ。

(2021年7月9日発行 ハンケイ500m vol.62掲載)

「す」と筆文字で書かれた江戸期の看板。昔は看板の形のような陶製の容器で保管されていた。

齋造酢店

京都市中京区六角油小路東入ル
▽TEL:0752215393
▽営業時間:9時~17時
▽定休:土・日・祝日

もよりバス停は「堀川御池」