ヤノベケンジの世界から語る現代アート

疾走する“魔法のクルマ”《SHIP’S CAT (Speeder)》

《SHIP’S CAT (Speeder)》シップス・キャット(スピーダー)
《SHIP’S CAT (Crew/White)》シップス・キャット(クルー/ホワイト)

電気自動車、FRP、ステンレススティール、他 / FRP、ステンレススティール、他
110x170x430cm
105x40x80cm
2023年
協力:京都芸術大学ウルトラファクトリー、GLM株式会社、PALOW. (車体グラフィックデザイン)
photos: 南井浩孝(ミナイヒロタカ)

京都の街並みを、鮮やかなオレンジの車体が疾走して行く。ヘルメットにゴーグル姿でハンドルを握るヤノベケンジの隣で、助手席に乗った《 SHIP’S CAT》が悠々と風を切っている。SFの世界からそっくりそのまま抜け出してきたような《SHIP’S CAT (Speeder) 》の「非現実的な現実感」は見る者を圧倒しつつ、さらに想像力を加速させる魔法のような雰囲気を放つ。

「空中を浮遊する空飛ぶじゅうたん」のように「魔法によって、この世に出てきた乗り物」として、ヤノベが作り上げた《SHIP’S CAT (Speeder) 》。CO2を排出しないEV(電気自動車)をベースにした「走る彫刻作品」は、「Speeder」の名の通り約4秒で時速100キロに達するという走行性能を誇る。
車体は、京都の電気自動車ベンチャー「GLM株式会社」のEVが使われている。同社のエンジニアで、かつてトミーカイラでオリジナルのスポーツカー開発に携わった経験を持つ松本章とヤノベの出会いによって、この夢のような乗り物は生まれた。

松本とヤノベをつなぐきっかけとなったのは、國府理の存在だった。國府はヤノベの後輩にあたるアーティストで、『水中エンジン』という、名前の通り水の中でエンジンを駆動させる作品で知られる。2014年作品調整中に起きた不慮の事故で國府は帰らぬ人となった。事故から3年後の2017年、『水中エンジン』を再制作するプロジェクトが始動。この時、サポートとして松本がプロジェクトに加わり、ヤノベが主宰する京都芸術大学ウルトラファクトリーを訪れた。そこでヤノベに出会った松本は「GLMのEVをプラットフォームに 、何か作品が作れないだろうか」と持ちかけたのだ。

ヤノベは「松本さんの話を聞いた時から、これは面白いと思っていた。『自走する車』という彫刻作品が実現できれば、『公道を走行する』という行為を通して作品がパブリックに介入していく。そこに可能性と夢を感じた」と振り返る。
こうして始まった《SHIP’S CAT (Speeder) 》の制作だが、実現のために多くの「現実的な課題」をクリアする必要があった。
公道を走行するには陸運局に登録と届出を行い、ナンバープレートの交付を受けなければならない。ライトやミラーの位置や形状など法的な保安基準を満たしながら、作品のコンセプトを形に落とし込んでいくにはどうすればいいか。松本とヤノベは何度もディスカッションを重ねた。
制作にあたって、若い力が大きな推進力となる。京都芸術大学プロダクトデザイン学科2年生だった佛崎亮太の存在だ。佛崎は、ヤノベが10分の1の大きさで作った粘土模型をデジタルスキャンして、実車のデータをモデリングする作業を担った。熱烈な車好きで、カーデザイナーを志していた佛崎は、伝説的なエンジニアである松本の助言を得ながら、細々とした保安基準を一つ一つクリアし、ヤノベのコンセプトを形にしていった。

2017年から実に6年という制作期間を経て、《SHIP’S CAT (Speeder) 》は完成を迎えた。車体のペインティングは、イラストレーターユニット「SSS by applibot」のPALOW.が手がけた。國府との縁がつないだ松本や、強い志を持った佛崎ら学生たち。「想像しうるものはすべて実現可能」というウルトラファクトリーの理念を実現すべく、試行錯誤を重ね続けたプロセスには「色々な人の歴史や思いが重なっている」とヤノベは言う。
《SHIP’S CAT (Speeder) 》をこの世に結実させた魔法、それは、ヤノベをはじめ創造への飽くなき挑戦を続ける人々の情熱に他ならない。

 

ヤノベケンジ

現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。『福島ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭2013』、『あいちトリエンナーレ2013』に出展。https://www.yanobe.com/