
vol.06 これぞ京都のレコ屋!『100000tアローントコ』
突然ですが、アナログ盤、聴いてますか?
いっときは絶滅寸前といわれた塩化ビニールのレコード盤。いま、これが世界的に大逆転復活を遂げている。アナログ盤を聴くには専用プレーヤーが必要だし、針は取り替えなきゃならないし、皿はひっくり返さなければならないし…なにかと面倒くさい。だがそんなアナログ盤に、21世紀の今になって特に「若者たち」が夢中というのは、かつて物理的にアナログ盤を聞くしかなかった自分には正直驚きでもある。東京でも大流行りだが、こういうマニアックなことこそ、もしかすると京都がアツいのではないか––そう思った僕は調べてみることにした。そしたら…ホントにそうだった!
それを実証する京都のレコード・シーンを牽引するショップがあると聴いて、早速訪ねてみることにした。京都市役所に向かって左側のビルの二階にある「100000tアローントコ」さんだ。店内はアナログの他に、CD、そして書籍…音楽好きが欲しがりそうな古着まである(ちなみに僕は到着後、すぐにMC5というバンドのトレーナーを買った)。店長の加地猛さんは、京都の音楽シーンでは知らない人はいないといわれる強者だ。
2009年初頭、当時35歳だった加地さんは現在の店のすぐ近くに最初のお店を開店した。なんとそこでは店で夕食を作って、いつもみんなで食べたり飲んだりしていたとのこと。「え?お店の中で、ご飯?」と内心とまどったが、もしかするとこれぞ「音楽の街・京都」の状況なのかも。実は前に紹介した「よしや楽器」のご主人も、洋食屋の「満亭」の先代主人もそうだった。つまりそんなお店が京都には60年代から何店もあったわけで、洋食屋、楽器屋、レコード店と業態は違っても、おそらく主人たちは自分の「好きなこと」の追求が嵩じて、もっと趣味の話をするために客と手製の食事を囲んできたのだろう。もはや店というより一種の「コミューン」のようだ。
ちなみに加地さんが客たちと食事を共にした理由は「外からぱっとわかるようなレコード屋ではなかった」から。小さな看板は出していたが、普通の人は怖がって入ってもらえないかもしれない。だからそんな看板でお店に入ってきてくれるお客さんを絶対につかまえるべく、飲食を共にしたのだというのだ。まるで店というより「たまり場」のよう。仲間になった人たちは30歳代から60代まで年代も幅広く、男性も女性もいた。2009年当時は音楽関係に限らずアートとか演劇とかもアツく、みんなで集まって何かを手作りしていくような、グツグツ煮えたぎるような状況があったに違いない。
「鍋やったりするんで、レジのお金を白菜とかの食材や酒に使ってしまう。全然知らない人が勝手に冷蔵庫開けて飲んでたり(笑)ロクデナシな人らとかが、いっぱいいてはった」と当時を振り返る加地さん。そんなカオスな状況からクリエイティヴィティが生まれることもあるが、得てしてそういう方々はお金もなかったりするわけで…普通のレコード好きのお客さんたちは、その飲み会にはあまり参加してなかったとか。「ちゃんとしたレコードファンの方は、お店に寝泊まりはしないです(笑)」(加地さん)。
そんな加地さんは2012年、京都の音楽シーンにとって大事なイベントを立ち上げる。京都市内中のレコード屋をたばねてレコード市を行う「レコード祭り」を開催したのだ。加地さん自身が一軒一軒、京都のすべてのレコード屋をまわって参加を要請し、イベントを実現させた(タワーレコードも参加したそうだ)。
これはとんでもないことで、全国でもあまり例を見ない。加地さんも「僕もあの時は頭がどうかしてたんで」というが、そうかもしれない。そんな加地さんの奮闘があればこそ、今の京都の音楽シーンがある、といっても過言では無いかもしれない。
ちなみに当時の京都市内にはレコード屋さんが25軒から30軒ぐらいで、そのうち中古屋は20軒以上。市内にこれだけのレコード屋があったこと自体が驚きだが、昨今は東京でもレコード屋の閉店のしらせを聞くし、その数はさすがに減少しているのかとおもいきや、「いや、実は減ってないんです。2010年代から国際的にアナログブームがやってきたんで。今は、外国人の方が、みんなスマホ持って、めちゃやってきはります」と加地さん。
実はこの店に入ろうとした時も、ものすごくカッコいい赤いコートを着た若い白人男性が、お母さんのような女性とスマホを見ているのに出くわした。その後も店内は日本人の若者に混じって何人も外国人がやってくる。シティ・ポップが世界的に注目と言われ、日本のレコードが外国人にも人気と聞いてはいたが、まさに「国際的なレコード・ブーム」を目撃している感じ。ちなみに彼らにはどんな盤が売れ筋なのだろう。
「ロック、ソウル、ジャズ、クラブ音楽、山下達郎のような日本のシティ・ポップスとか、まんべんなく売れます。外国人は日本盤の『タスキ(帯)』が大好きですよ。特にヘヴィー・メタルの日本盤帯つきは高い値段で売れます。これなんかは売れ残りですけど」と加地さんが見せてくれたのは、イギリスのバンド・モーターヘッドのタスキ付日本盤。なんとお値段7000円! そうそう、かつて輸入盤指向の通からは「ダサい!」といわれた日本盤には、こういう紙製のタスキがつきものだった。あらためてみれば、それは日本人のレコード愛の象徴にも見えてくる。
そんなレコードがほぼ姿を消したのが1990年で、それから30年が経ったいま、外国人たちが日本の帯付レコードを血眼で探す時代が到来…。コロナが明けた現在、外国のマニアが大量に来日しており、バサーッと沢山買っていってしまう場合もあるとのこと(次の日から売るものがなくなってしまうので、「気いつけや~」とレコード店主同士で言い合っているらしい。売れればイイ!というものでもないのだ)。さすが世界有数の観光都市・京都。彼らがレコ屋をまわる上でも、この規模がちょうどいいのかもしれない。
もちろん店内には安いレコードもあるのでご安心を。やはり中古盤の醍醐味は「定価では買うにはちょっと!」という掘り出し物を見つけることだ。店内にも200円コーナーがあって(ちなみに友人のデビュー盤があったので早速「救出」した)、300箱くらいが次々売れたこともあった。こういうお金の無い若者たちへの「優しい目線」もしっかりあることも、加地さんの人望が厚い理由なのだと思う。
そしてそんな加地さんの周りには、現在の京都のレコードワールドに新たなアクションを起こす若者も出て来ているという。加地さん曰く「インフルエンサーというか、まだ20代なんですが、自分でレコ屋を開いて、その人の影響で、さらにまた若い子が店を開くという状況が起きてます」とか。なんとも楽しみな話だ。ぜひ、会ってみたいーーが、お店の場所はネットには載っていないらしい。果たして取材は可能なのだろうか?(続く)。
サエキけんぞう
アーティスト、作詞家、1980年ハルメンズでデビュー、86年パール兄弟で再デビュー、作詞家として、沢田研二、小泉今日子、サディスティック・ミカ・バンド、ムーンライダーズ、モーニング娘。他多数に提供。著書「歯科医のロック」他多数。2003年フランスで『スシ頭の男』でデビュー、2012年「ロックとメディア社会」でミュージックペンクラブ賞受賞。最新刊「エッジィな男、ムッシュかまやつ」(2017年、リットー)。2015年ジョリッツ結成、『ジョリッツ登場』2017年、『ジョリッツ暴発』2018年、16年パール兄弟30周年を迎え再結成、活動本格化。ミニアルバム『馬のように』2018年、『歩きラブ』2019年、『パール玉』2020年を発売。
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