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誰もが無理なく、メンタルヘルスの問題に向き合える社会に向けて「臨床児童心理学のこれから」

vol.05 同志社大学 心理学部心理学科 石川信一 教授

今を生きる私たちにとって、大きなテーマとなっている「メンタルヘルス」。厚生労働省の調査では、日本人の30人に1人が心の問題を抱えているというデータもある。臨床児童心理学の研究を通して、子どもたちのメンタルヘルスの改善と予防に取り組んでいる同志社大学心理学部の石川信一教授。「皆が無理なく、自然にメンタルヘルスの問題に向き合える社会を」と願う石川教授が思い描く、「子どもの認知行動療法」のこれからとはー。

--石川教授が研究されている「子どもの認知行動療法」とは、どのような取り組みなのですか?

「認知行動療法」は、心理療法の中でも最も主要な方法の一つです。ある出来事に対して嬉しい気持ちや嫌な気持ちになったり、感情が生じる仕組みを「認知モデル」といいます。たとえば、不安や落ち込みを抱えているお子さんには、ちょっとした間違いやささいな失敗をすごく大きく捉えて自分を責める気持ちが強かったり、普段の生活ではあまり起きないようなことに対しても悲観的な捉え方をしていたりといった「考え方のくせ」があります。認知行動療法を通して「考え方のくせ」に気づいていく中で、そこからお子さんと一緒に「じゃあ、どうしていこうか」ということを考えます。

子どものための認知行動療法は、受け身ではなくお子さんが自立的に、何かにチャレンジできるよう促していきます。例えば「不安で学校に行けない」というお子さんであれば、「何が不安なのか」ということを一緒に話し合って、抱えている不安をスモールステップ(小さな課題)に分けて、少しずつ取り組みます。それを繰り返して徐々に目標に近づけていくのです。
クライエントであるお子さんと「これはしんどい」「これは大変じゃない」など色々な話をしながら、「これくらいだったらできるかな?」「とりあえずやってみようよ」という感じで進めていきます。

--不安を抱えているお子さんと実際に関わり合いながら、研究をされているのですね。

はい、その通りです。その中で、大きく2つの研究を進めています。一つは、実際に困っているお子さんに対する個別の心理療法の取り組みです。同志社大学新町キャンパスにある心理臨床センターで、お子さんと保護者が一緒に、セラピストと呼ばれる心理の専門家と話し合って問題を解決していく、という研究を行っています。
イラストやマンガで認知行動療法の実践方法を紹介したワークブックを使い、1回60分のプログラムを全部で8回実施します。回を重ねて一緒に認知行動療法を学ぶ中で、家に閉じこもっていたお子さんが外に出られるようになったり、友達の前で話すのが苦手だったお子さんが教室で発表できるようになったりという変化が出てきます。

人間の心理的な面は、常に表裏一体です。「考え方のくせ」があるお子さんたは、別の言い方をすれば、さまざまな可能性を考えたり、微細な変化を感じ取ることができる能力に秀でているとも言えます。ワークブックで学ぶ中で、そういった自分自身の強みを見つけることもできます。お子さんが「自分の力で不安を乗り越えられた」と認識して自信を持つことができれば、その後の人生は大きく変わっていくと思うのです。

もう一つは、小学校や中学校で認知行動療法のエッセンスを取り入れた授業を行い、子どもたちのメンタルヘルスの予防教育的な取り組みを進めています。
不安や落ち込みを抱えて困っているお子さんだけにとどまらず、私たちが研究している認知行動療法を多くの子どもたちに「生きる知恵」として伝えていきたい、という思いから始めたものです。学校の先生たちと共同で研修会を開催して、実際に全国の小中学校で取り組みが広がってきています。

--メンタルヘルスは、大人から子どもまで誰しもに関係する問題といえます。今後の課題を教えてください。

認知行動療法は、何か特別な支援を必要とする子どもたちだけに効果はあるという方法ではなく、誰にとっても有効だと考えられている心理学的な方法を活用したものです。不安や気分の落ち込みを抱えて困っている人はもちろん、日常生活に問題ない人の予防という観点も含めて、認知行動療法を取り入れたプログラムで一貫した支援を実現したいと考えています。
私たちが教育現場の先生と共同で研究しているメンタルヘルスの予防教育も広がってきていますが、まだまだ十分とは言えません。さらなる普及に向けた取り組みが必要です。
自分自身や家族、周囲の友人が、メンタルヘルスに問題を抱える可能性は常にあります。だからこそ、皆が無理なく、自然にメンタルヘルスの問題に向き合える社会を築いていくことが大切だと思います。

--これから臨床児童心理学を志望される学生さんに向けて、メッセージをお願いします。

心理学は、「人間に興味がある」という人にとっては、すごく面白いです。人間の行動や感情に関するこれまでの研究や、さまざまな理論を学ぶことも多いですが、どちらかといえば新しい学問なので、これから発展していく可能性がたくさんある分野です。例えるなら「人間の心」は、深海の世界や宇宙の彼方と同じように、まだまだ分からないことばかりのフロンティアなのです。
同時に、研究を通して子どもたちと関わるので、実際に行動するのが好きな人は、とても向いていると思います。学校現場の先生と一緒にアイデアを出し合いながら実践していく中で、子どもたちの変化や成長を目の前で知ることができます。考えることと、実践することの両方を経験できるのが、臨床児童心理学の面白いところだと思います。

石川信一(いしかわ・しんいち)
同志社大学心理学部 心理学科 教授

臨床心理士、公認心理師、認知行動療法師®、専門行動療法士。1979年千葉県生まれ。2001年早稲田大学人間科学部人間健康科学科卒業。2003年早稲田大学大学院人間科学研究科健康科学専攻修士課程修了。2005年北海道医療大学大学院心理科学研究科臨床心理学専攻博士後期課程中退。2005年宮崎大学教育文化学部専任講師。2008年北海道医療大学心理科学研究科博士(臨床心理学)取得。2010年フルブライト研究員(Swarthmore College)。2018年マッコリー大学心理学科客員教授。研究テーマは子どもを対象とした認知行動療法、学校ベースのメンタルヘルス予防プログラム、児童青年期における異常心理学的研究。趣味はサッカー観戦。


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