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「全身を使う『手話の表現力』に圧倒されて気付いた、新しい世界。その広がりを、映像で伝えたい」

手話映画を撮り続ける映画監督・谷 進一さん

「手話」が作り出す世界に魅せられ、映画を撮り続けている人がいる。谷進一さん、50歳。2008年に初めて短編作品を発表して以来、多数の手話映画を制作してきた。2022年秋に公開した新作『ヒゲの校長』では、大正から昭和の初めを舞台に、大阪市立聾唖学校の校長だった髙橋潔の生涯を描く。唇の動きから声を読み取る「口話」による教育が急拡大する時代に抗い、手話を守り抜いた髙橋潔の生き様に迫る作品だ。

谷さんは、訪問看護の仕事で生活を安定させ、手話映画の自主制作に情熱を注いできた。原動力になっているのは、20代で出会った「本物の手話」が持つ表現としての強さだ。学生時代に演劇の道を志して以来、数々の舞台や映画に参加して「誰も作っていない分野」を模索してきた谷さん。手話映画は自身のオリジナリティを追求し、観客に見てもらうことで完成するコミュニケーションでもある。「聴覚に障がいがある人たちだけでなく、一般の方にも手話に興味を持ってもらい、実際に手話に触れる機会になればいいな、と思っています」。映画監督として、手話という表現が持つ力強さを画面を通して伝えることを、常に考え続けてきた。

■一番後ろの席まで届いた、「手話」に込められた感情と熱

手話との出会いは、大学卒業後、アルバイトに励みながら劇団や演劇ユニットの舞台に参加していた20代半ばの頃。知人に誘われて、聴こえない人と聴こえる人がともに演じる京都の劇団「あしたの会」の公演に参加することになった。「『手話を知らなくてもいいから』と、学校の先生役を頼まれたんです。参加する前に一度、舞台を見に行って。そこで初めて手話演劇を見て、衝撃を受けました」。

舞台の上で全身を使い、手話で表現している役者たち。そこに込められた感情や熱は、満員の客席の一番後ろに立っていた谷さんを圧倒するほどの力強さを持っていた。「なまの手話って、こんなにすごいのか。僕はこれまで、声だけに頼ってきたんやなと気づきました」。

谷さんは客演としての参加をきっかけに、「あしたの会」に入団。稽古の合間に手話を教わり、手話サークルや手話講座に通った。手話を覚える中で、手話の映画や娯楽作品がほとんどないことに気がついた。「手話の映画があったらいいな」。そこから、手話映画の監督としての歩みが始まった。

■「生きた言葉」としての手話。 その奥深さと、禁じられた時代の真実

自身を日曜大工ならぬ「日曜映画監督」と称する谷さんは、平日の月曜から金曜は訪問看護師として働き、患者さんの自宅を訪ねて回っている。「撮影は週末の土日だけですが、看護師の仕事でも聴覚に障がいがある患者さんを10名くらい担当しています。そういう意味では、普段の仕事が手話の勉強になっている面もありますね」。

日本語に方言があるように、手話にも方言があり、若者と高齢者など世代によっても異なる手話を使う。

「若い人はどんどん新しい手話を作って、自分たちで使い始めるんです。例えば、写真を共有するSNSのインスタグラムは、カメラのシャッターを切るポーズとアルファベットのiを表す指文字を組み合わせて表現します」。

世の中に新しいものが登場すると、それに応じて新たな手話が生み出される。「生きた言葉」として次々に新しい広がりを生み出すのも、手話の奥深さだという。テレビでも手話通訳が段々と定着し、手話が使われている光景は今や日常のものだ。でも、歴史をさかのぼれば、ほんの少し前まで、手話を使うことが禁止されていた時代があった。「ろう者の方でも若い世代は、手話が禁止されていたという事実を知らない人も多い。僕が手話映画を撮り続けているのは、危機的な状況の中で手話を守った人たちがいた事実を、映像として残したいという意味もあります」。

■口話と手話のせめぎ合い。「少数者のために」という信念

新作「ヒゲの校長」で主人公として描いた髙橋潔は、大阪市立聾唖学校の校長として、日本のろう教育に大きな影響を与えた人物だ。アメリカで考案された「口話法」(口元を読み取り発話者の言葉を理解する方法)を手話より優れたものとして位置付け、日本のろう教育から手話が廃絶されかかっていた昭和初期に、髙橋潔はただ一人で異を唱え続けた。

映画『ヒゲの校長』より。尾中友哉さん演じる髙橋潔(右)と、日永貴子さんが演じる妻の醜子(左)

「手話を禁止し口話だけの教育では、ろう者それぞれの個性に応じた適切な教育は不可能だ」と、口話と手話のどちらも活用する「適性教育」の実践を説いた髙橋潔。当時の文部大臣や、尾張徳川家の第19代当主で貴族院議員の徳川義親が会長を務めた「聾教育振興会」をはじめとする口話推進の勢力が、大阪市立聾唖学校を例えて「大阪城はまだ落ちないのか」と揶揄するほど、粘り強く手話の重要性を訴えたという。

「少数者のことは考えず、多数者に合わせるという空気の中で『話せない人は、話せる人に合わせるべきだ。そのために口話を身につけなさい』という流れがあったのかもしれません。少数者のために、口話と手話のせめぎ合いの中で権力と闘った髙橋潔の姿を、なんとしても描きたいと思いました」。

クラウドファンディングで製作資金を募り、2021年9月から撮影をスタートした。「権力に負けず手話を守った実話を映画化。多様な文化が共存する社会に」という目的に共感した人たちの輪が広がり、多くの支援が集まった。

大阪市立聾唖学校の教員・福島彦次郎役の前田浩さん。拍手に包まれ花束を受け取る、クランクアップのシーン

主演の髙橋潔役は、ろう者の両親を持ち、耳の聞こえる子どもとして手話を母語に育ってきた尾中友哉さん (株式会社Silent Voice、NPO法人Silent Voice 代表)が演じる。ろうや難聴の当事者も役者として参加し、京都にゆかりのある俳優・栗塚旭さんや、「よしもと手話ブ!」に所属するお笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんもゲスト出演している。

「撮影現場では、ろうの人、難聴の人、聴こえる人が一緒になって、場面を作り上げていきます。手話や身振りでコミュニケーションを重ねる中でお互いの距離がだんだんと縮まっていく。その雰囲気が、映像にも滲み出ていると思います。『空間の芸術』である手話の魅力を、多くの方に感じていただければ嬉しいですね」。

手話という「少数者の言葉」を守った髙橋潔。谷監督が銀幕に映す信念と深い愛情は、今の時代にこそ、見る人の心に響くに違いない。

(2022年7月15日発行 ハンケイ5m vol.4掲載)


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