<出会う>京都のひと

「一番好きな作業は仕込み。納得いくまで時間をかけられるから」

ていねいな仕事にファンが多い、西洋料理店。
グリル 猫町 店主 川上宏志

■できることと好きなものを詰め込んだ

「屋号を決めるときに、たまたま読んでいた小説がこれで」と指さすのは文庫本。屋号「猫町」は詩人、萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう)の同名小説に由来する。主人公はいわばきつねに化かされ、不可思議な人外の街に迷い込んでしまう。小説では世にも奇怪な出来事として紹介されているが、こちらの「猫町」はさにあらず。
今年の2021年4月で20年を迎えた、真っ当な西洋料理店だ。

自然と調和した外観。

■「いろんな料理を学びたい」店をかけもちで働く

店主の川上宏志さんは51歳。舞鶴出身で、京都市内の大学に進学した。バイト先は、聖護院にある老舗のジャズカフェ「ZAC BALAN(ざっくばらん)」。そこで出会ったホテル出身の料理人に影響を受け、将来は自分の飲食店を開きたいと考えるようになった。
卒業してから、いろんな料理を学ぶためにかけもちで働いた。下鴨にあった「ZAC BALAN」の2号店、宴会料理を手がける四条のホテル。料理の専門学校ではなく、実際に店で働いたほうが、学びの効率がいい。イタリアンやフレンチの現場で、洋食全般の腕を磨いた。

そして2001年、31歳のときに、念願の自分の店をオープンする。「洋食が作れる。お酒を飲めない。ごはんが好き。コーヒーが好き。ジャズが好き。奇抜なことはやりたくない。自分のできることと好きなものを詰め込んだのが、この猫町なんです」。

飴色になった木のカウンターが中央に。BGMには川上さんの学生時代からの趣味でもあるジャズが流れ、ゆったりと寛げる。

■ファンが多い理由は食材と手仕事、誠実さ

営業時間中、川上さんはほぼ厨房にこもりきりだ。フロアに出ない代わりに、川上さんはメニューに万感を込める。黒板に書かれた「本日のオススメ」ときたら、なんと雄弁なことか! 天然真鯛のソテー、子羊のトマト煮込み、尾長鴨のロースト、鹿のロースト、牛タンの赤ワイン煮、和牛ステーキ、豚のサルシッチャなど、この日のメインはなんと11種類もある。なのに、川上さんと来たら「野菜が美味しいですよ」。
「大原の農家さんで8割がたの野菜を仕入れます。高級レストランに引けをとらない野菜です。でもここは住宅街だから、料理にそんな高い値段も付けられない。素材が原価率を圧迫しますねえ」。

日替わりのディナーメニューより、鹿児島出水産尾長鴨のロースト、自家菜園の野菜を使った温野菜のサラダ アンチョビソース。メインが選べる今日の晩ごはん2000円〜も好評だ。

確かに、かぶのポタージュや温野菜のサラダなど、手の込んだ野菜料理も黒板に並ぶ。ふと疑問に思って聞いてみた。いったい川上さんは、お店を営む上で、どの工程が一番好きなのだろうか?
「仕込みですね。時間をかけて好きなように作れるし、作業に没頭できるから」。

なるほど、食材にお金をかけて、仕込みに時間をかけて、メニューの種類も豊富。この食材と手仕事を惜しまない姿勢に、川上さんの誠実さは表れている。このていねいな仕事ぶりが、開店20年以来のファンが多い理由なのだとわかった。職人気質のシェフが営む洋食屋は、その街に住む人にとって宝物だ。

陰影が美しい店内。木工家具のなかには川上さん自身が作ったものもある。

グリル猫町

京都市左京区一乗寺築田町100-5
▽TEL:0757228307
▽営業時間:12時〜14時、18時〜22時(最終入店21時)
▽定休:火

(2021年3月12日発行 ハンケイ500m vol.60掲載)

最寄りバス停は「一乗寺木ノ本町」