「京丸うちわ」小丸屋住井女将・住井啓子&デザイナー北川一成「京都の伝統を聴く」

京都の老舗、その伝統を訪ねて vol.4「株式会社開化堂」代表取締役社長・八木隆裕さん

花街の夏の風物詩として、京都で古くから親しまれてきた「京丸うちわ」。江戸時代の創業から約400年にわたって、伝統のうちわ作りを守り続けている「小丸屋住井」の女将・住井啓子さんと、世界的なデザイナー・北川一成さんを聞き手に、京都の伝統を担う老舗ご主人をお招きしてお話を伺う鼎談企画『京都の伝統を聴く』。今回のゲストは、「株式会社開化堂」代表取締役社長・八木隆裕さん。京都の暮らしの中に溶け込んだ文化と美意識を、未来に守り引き継いでいくために。京都の魅力について改めて思い巡らし、歴史と伝統の深淵へ連なる本質に迫ります。

−−100年以上の歴史がある開化堂の茶筒は、今や世界的に有名です。暮らしの中に溶け込む工芸の美しさは、京都の文化と伝統を体現している存在だと感じます。

八木隆裕さん

八木:創業は明治8年で、イギリスから輸入した錻力(ブリキ)を使った缶の製造を手がけたのが始まりです。当初は四角い缶など色々と作っていたらしいのですが、2代目から丸い茶筒だけを作るようになりました。
僕で6代目になりますが、100年以上前の茶筒を修理に持って来られるお客様もおられます。明治の頃と変わらず、同じ手法で茶筒を手作りしているからこそ、今も修理ができるのです。
僕自身は、先代である父に「跡を継ぐな」と言われていたました。それで、大学卒業後は一旦、京都ハンディクラフトセンターに勤めていました。大学では英語を学んでいたので、海外から京都に来られたお客様と英語で触れ合える仕事がしたいと思ったんです。

ある時、アメリカ人の女性の方が、センターでも販売していた開化堂の茶筒をお買い上げになったことがありました。「何に使われるんですか?」と尋ねたら、女性は「自宅のキッチンで使います」とおっしゃった。それを聞いた時、「茶筒は、ひょっとしたらアメリカでも通用するんじゃないか」と直感しました。
家に帰って「茶筒は世界で売れると思うし、売ってみたい」と父に言ったら、一言、「お前、あほか。海外の人間に分かるか」と。それでも「自分ひとり食べていくくらいは何とでもするから、どうしてもやりたい」と押し切りました。父は「知らんで。お前が継ぎたいと言うて、継ぐんやからな。お前の責任やしな」と言っていましたが(笑)。それが25歳の時のことです。

父はずっと「自分の代で開化堂は辞める」と言っていたんです。でも、僕も小さい時から祖父や父が茶筒を作っているところを見て育っていたので、なんとなく、それでは寂しいなという思いもありました。

住井啓子さん

住井:私は逆に、小さい時から「あんたが小丸屋を継がなあかんのやで」と言われていました。子どもの頃から、歌舞伎や踊りの舞台を裏方でずっと見ていたり、団扇を貼る仕事を手伝ったり。そういう経験の中で、たくさんの扇子の絵柄に触れて、自然とセンスや感覚が磨かれた部分があると感じています。
八木さんが幼い頃から茶筒作りを見て育たれたのと同じように、子どもの時からその場所にいたり、伝統の技術を見たりする中で、色々なものを会得している。そういうDNAのようなものが受け継がれているのかなと思いますね。

■「らしい」の本質と、デザインの仕事

八木:僕も祖父や父と一緒に暮らしていたので、なんとなく「開化堂らしい」というものが、自分の体の中に自然と入っていると思っています。
「お茶筒は開化堂の根幹」とずっと言われているので、これは絶対に作り続けないといけない。けれど、それ以外の部分で「開化堂らしい」新しいことをやっていくのが、これからの僕の役割だと思っています。
自分の中では、京都で100年以上続いてきた「開化堂」という仕事と、京都の伝統工芸の若い担い手が集まって活動している「GO ON」というプロジェクト・ユニットの、2つの軸があると捉えています。

父にはずっと、「ひとつでいいから、次の代でも作るようなもの作れ」と言われ続けています。僕が開化堂に入って20年以上、6代目を継いで5年ほど経ちますが、いまだに自分の中で、そういうものづくりをできたとは思えていないですね。
「GO ON」として取り組んでいるのは、「自分たちは、なぜ『ものづくり』をしているのか」という根本の価値観を、世の中の人ときちんとシェアしていくということです。それによって、伝統工芸に携わる職人の存在が、もっと正当に見てもらえるようになるんじゃないかと考えています。

北川一成さん

北川:デザインというのは、まさに「らしい」をかたちにすることです。その会社やブランドの似顔絵をアートとして描くのが、本来のデザインのあり方です。今、ブランディングという言葉がもてはやされていますが、本当にそれをやろうと思うと、ゼロイチのアート思考が必要になってくる。
本来のブランディングとは、その企業がどのように成長していくか、という経営そのもに関わってくる営みです。デザインは今、そういう本質が試される時期に差し掛かっていて、芸術大学で造形だけを学ぶだけでは通用しない時代を迎えています。
八木さんが関わっておられる「GO ON」も、経営やアートという点で共通する部分があると感じます。「GO ON」が広く海外を視野に入れてトライ&エラーを続けておられるのは、伝統産業に携わる古い人たちから見たら理解しづらいかもしれないけど、私は面白い変化だと思いますね。

住井:老舗として、お客様の思いを汲み取り、伝統の技で形にしていくんだという思いが大事だと思います。これまでは、京都の文化を裏方として支えているという思いから、どうしても狭い範囲で物事を考えている面がありました。その小丸屋の古い体質を、北川一成さんがデザインを通して突き破って下さいました。そこから、ゲームやアニメに登場するキャラクターの名前を入れた団扇など、これまでにない新しい企画も生まれています。
これからの京都の伝統を支えるのは、やはり若手の職人さんたちです。新しい変化を通じて、職人さんたちを守り、応援していくような仕組みを作らなければいけないと思います。

−−最後になりましたが、「伝統」とは?

八木:よく「伝統は、革新の連続だ」と言われますが、僕は「革新」ってなんか途切れている気がします。その下にもう一本、線が続いていて欲しいと思うんです。だから、伝統とは「レボリューション(変革)」じゃなく、「エボリューション(進化)」。その方が、感覚としてしっくりきますね。

住井:根本にあるものは変えないで、持続していくことが伝統だと思います。やはり元となる部分は、曲げてはいけない。伝統や文化を長く続けていくための大きな根幹を失っては、もはや伝統とは言えません。伝統を守るために、根幹を元として進化を重ねて、常に時代のニーズに合わせたモノ作りを柔軟に考えていかねばならないと思うのです。時代や環境が大きく変化する中で、伝統を守るため難しい状況に向き合わねばならないこともあります。
先日、あるお寺様より「八風吹不動」という一句を送って頂きました。四方八方何処から風が吹いても、びくともせず不動であること。いかに世間の有り様が人間の心に動揺を与えるようなものであっても、確固たる信念を持ち続けることの尊さを述べた言葉です。伝統を守り続ける気構えに通じると感じました。これからも「京丸うちわ」を代々守っていけるよう、伝統を愛する皆様の応援を頂き、ピンチをチャンスに変えていけるよう努めて参りたいと思います。

※「京丸うちわ」は、株式会社小丸屋住井の登録商標です。(登録商標第5673089号)


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