ヤノベケンジの世界から語る現代アート

守護獣に込めたメッセージ《KOMAINU―Guardian Beasts―》

《KOMAINU―Guardian Beasts―》狛犬

ステンレス、FRP、アクリル
330×365×365cm(獅子)、330×480×240cm(狛犬)
2019年

芸術は、社会にどのような関わりを持つことができるのか。現代美術家として数々の彫刻作品を生み出しているヤノベケンジにとって、「今の社会状況にアートはどう応答するか」という問題意識は、一貫して主要なテーマであり続けている。《KOMAINU―Guardian Beasts―》は、左右2体で1対となる「狛犬」をモチーフに、2019年に制作された作品だ。ヤノベが制作に取り掛かった当時、日本国内で地震や豪雨による自然災害が相次ぎ、各地に甚大な被害をもたらしていた。世界では地球温暖化を背景とした環境危機が深刻化し、人類の分断や対立による紛争や内戦がなお続いていた。

「かつて仏師が厄災を収めるために仏像を作ったように、今、自分が作るべきものは、世界を守りぬくための彫刻作品だと考えた。世界の問題に睨みを聞かせる狛犬を彫刻の力で作ろうと、敬虔な気持ちで制作を進めた」と振り返る。

守護獣としてヤノベが作り上げた《KOMAINU―Guardian Beasts―》は、世界平和と平安を祈る比叡山延暦寺でのお披露目以降、世界に向けたメッセージを込めて展示を重ねてきた。
2020年春には疫病退散を祈り、京都市街を一望する京都芸術大学の瓜生山に設置。ロシアによるウクライナ侵攻が起きた2022年3月は、京都を代表する寺院として世界的に知られる清水寺に出展し、多くの人々の注目を集めた。
2022年9月から11月に香川県で開催された「瀬戸内国際芸術祭2022」の関連イベント「おいでまい祝祭」では、海上交通の守護として古来信仰を集めてきた金刀比羅宮(琴平町)に《KOMAINU―Guardian Beasts―》が展示された。

ヤノベは常に、社会にとって重要なタイミングで、重要な場所に《KOMAINU―Guardian Beasts―》を設置することで、メッセージを発信し続けてきた。芸術と社会との関わりを問い続けるヤノベにとって、地方芸術祭の本質的な意味を取り戻そうと実践している「瀬戸内国際芸術祭」という場が持つ意味は大きい。
3年に一度開かれる「瀬戸内国際芸術祭」は、今回で第5回の開催を迎えた。瀬戸内海の島々をつなぎ、旅をしながら芸術に触れることで「海の復権」を試みようというこの芸術祭に、ヤノベは第2回の開催となった2013年から毎回関わっている。4度目の参加となった今年、金刀比羅宮は初めて芸術祭の会場となった。「感染症によって交通が遮断された状況にある今、海上交通の守護として信仰される場所に《KOMAINU―Guardian Beasts―》が展示されたことは、神がかり的に引き寄せられたのではないか、とも感じた」という。

「感染症が世界規模で広がり、人々の往来が制限されている大変な状況を生きなければならない時代。だからこそ、芸術がこの世にある意味を世界へ伝えていきたい」。芸術と社会の結び付きを問い、今の社会状況に応答するヤノベの彫刻作品。通底するヤノベのメッセージは「その時」に「その場所」で展示されることに応じて、常に新たな契機を創出し続けている。

 

ヤノベケンジ

現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。『福島ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭2013』、『あいちトリエンナーレ2013』に出展。https://www.yanobe.com/