ヤノベケンジの世界から語る現代アート

芸術の旅を見守る「守り神」《SHIP'S CAT (Muse)》シップス・キャット(ミューズ)

《SHIP'S CAT (Muse)》シップス・キャット(ミューズ)

ステンレス、FRP、アクリル、LEDライト 他
350×110×240 cm
2021年
photos: 豊永政史

宇宙服のようなスーツに身を包んだ巨大な白い猫は、深く透き通ったまんまるの目をしていた。その目は、これから始まる冒険の行く先を見つめている。優雅な曲線による造形美はしなやかに力強く、見るものを一目で釘付けにするインパクトを放つ。

古くは大航海時代、ネズミなどの害獣から船の荷物を守るため、船員と海の旅をともにしたという「船乗り猫」をモチーフにした《SHIP’S CAT(シップス・キャット)》。時に荒れ狂う波を乗り越えて、世界中を旅する船員たちの心を癒した愛らしい猫の姿に、ヤノベは「人々の旅を導き、地域に福を運ぶ守り神」としての願いを込めた。2017年から制作を始めた「SHIP’S CAT」のシリーズは、これまでに福岡、東京、フランス、京都と、国内外の各地を旅するように巡ってきた。

2022年2月、新たに開館した大阪中之島美術館の広場にシリーズ8作目となる《SHIP'S CAT (Muse)》が登場した。黒い壁面に覆われた直方体の建物を背景に、ひときわビビッドな朱色のスーツが映える。美術作品を収蔵する「美の蔵」を守るモニュメントとして、美術館から依頼を受けたヤノベが、新たに制作したものだ。
大阪中之島美術館の敷地はかつて広島藩蔵屋敷が立ち並び、石垣を組んで大きな船入が設けられていたという。《SHIP'S CAT (Muse)》は土地が持つそんな時代の記憶も継承し、港である船入から堂島川へ、堂島川から大阪湾、そして太平洋へと大きく広がっていく旅を想起させる。

大阪中之島美術館は「PFIコンセッション方式」と呼ばれる、行政と民間企業の連携によって運営される。館長の菅谷富夫は、この新しいスタイルの美術館の開館にあたって3つのことを企図したという。
ひとつは、開館までに要した30年という歳月で収集した多くの美術資料を広く公開する「アーカイブという機能」。
2つ目は、さまざまな他者をつなぐネットワーク拠点の一つとして美術館を位置付け、相互の結びつきを生み出していく「外部との連携を基本とする新しい活動スタイル」。
そして3つ目は、「大阪から『新しい視点』を示すこと」だ。大阪にゆかりのある美術作家を紹介することにとどまらず、関西を代表する美術館として、東京一極集中ではない多様なアートの文脈を提示していくことを目指す。

菅谷は「ヤノベケンジという作家は、『親しみやすい作品を作る、造形力のある人』というだけではない。時代の状況や社会と、どう向かい合うべきか。簡単に答えが出ない問題と格闘し、社会との関係を考え、悩みながら創作を続けている。そこがヤノベという作家の面白さだと思う。そういう意味で、ヤノベの作品は美術館にあるべきものだ」と語る。
館内には、ヤノベから寄贈を受けた代表作《ジャイアント・トらやん》も展示されている。大阪に生まれ育ち、現代を代表する世界的な作家であるヤノベの彫刻作品は、まさしく大阪中之島美術館の目指すビジョンを体現した存在だ。水都・大阪から世界へと広がる旅の出発地点に立つ《SHIP'S CAT (Muse)》は、これからのアートのあり方を探る新たな試みを象徴している。


瀬戸内国際芸術祭 2022 県内周遊事業の一環として、11月6日(日)まで、香川県高松市で開催中の現代アートの祭典「おいでまい祝祭2022 ~心がつながる街ごとアート~」でも、ヤノベケンジの≪SHIP’S CAT≫作品を展示している。全身毛だらけの柔らかな彫刻を作る小西葵、有機的なボディに特徴的な顔を取り付けた山口京将と、ヤノベの3人によるアートユニット「モフモフ・コレクティブ」として出展。高松丸亀町商店街、丸亀町グリーン、南新町商店街、WeBase 高松、ザ・チェルシー、高松空港などを会場に、「モフモフ」をテーマにしたアート作品を展示している。

▽「おいでまい祝祭2022 ~心がつながる街ごとアート~」HP
https://shukusai.com/(外部リンク)


ヤノベケンジ

現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。『福島ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭2013』、『あいちトリエンナーレ2013』に出展。https://www.yanobe.com/