「京丸うちわ」小丸屋住井女将・住井啓子&デザイナー北川一成「京都の伝統を聴く」

京都の老舗、その伝統を訪ねて vol.1 「月の桂」増田德兵衞さん

花街の夏の風物詩として、京都で古くから親しまれてきた「京丸うちわ」。江戸時代の創業から約400年にわたって、伝統のうちわ作りを守り続けている「小丸屋住井」の女将・住井啓子さんと、世界的なデザイナー・北川一成さんを聞き手に、京都の伝統を担う老舗ご主人をお招きしてお話を伺う鼎談企画『京都の伝統を聴く』。初回のゲストは、京都伏見の老舗酒蔵「月の桂」の増田德兵衞さん。京都の暮らしの中に溶け込んだ文化と美意識を、未来に守り引き継いでいくために。京都の魅力について改めて思い巡らし、歴史と伝統の深淵へ連なる本質に迫ります。

−−「月の桂」は1675年創業の老舗で、京都伏見で最も古いとされる酒蔵のひとつです。長い歴史の中で培われてきた「らしさ」は、どのようなものがあるのでしょうか?

増田:全部が全部光ることはできないけれど、ひとつだけ、光っているものがあるー。それが「月の桂」の個性と言えるかもしれません。文化や歴史を大事にしながら、その中で何かひとつ、変わったものを作り、それを続けてきました。
京都市南部に位置する伏見は、京都とは少し違う文化圏です。その伏見の中でもさらに田舎の下鳥羽という古い場所に蔵を構え、代々そこで生まれ育ち、酒造りをしてきました。杜氏をはじめ酒造りを取り巻く人たちが核になって「月の桂」が続いてきたと思います。地域に寄り添った部分を大事にして、その中で、何か光るものを生み出していければと思っています。
私で14代になりますが、自分が何か事業を起こしたアントレプレナーではない。先代から続いてきた歴史の、その中間を繋いでいく、紡いでいくという気持ちで酒造りをやってきました。

増田德兵衞さん

−−「京丸うちわ」で知られる小丸屋住井は創業を1624年とされていますが、それ以前から、京都でうちわ作りに携わっていた大変長い歴史があると伺っています。

住井:研究者の方の調査で、天正年間(1573〜1592年)に深草でうちわを作っていたことが記された古い資料が見つかり、段々と、うちわ作りの歴史が分かってきました。住井家の歴史はさらに古く、1000年以上続いています。
住井家は比叡山に200年、黒谷に400年、その後深草へと移り450年と歴史を重ねてきたそうです。ご先祖さまのことは代々、お寺さんが口伝で守り続けてくださいました。そのおかげで、住井家の歴史とうちわの歴史について、先祖から伝え聞いていたことがつながり、私もしっかり守り、次の世代へ伝えていかねばならないと思うようになりました。
住井家の歴史は、うちわの歴史でもあります。どのような仕事でも「代々守り伝えてきた」思いを後世につないでいく事が、先祖供養にもなり、子孫を守ることになると考えております。
日々の暮らしの中で色々な課題が出てまいりますが、心の根本にはいつも「ともに協力し、伝統文化を広く、皆で守り継いでいけたら」という願いがあります。
今はコロナ禍の影響もあってか、どうしても目先の事を追い求めてしまい、世の中全体のモラルが低くても仕方がないような、そんな風潮になってしまっているように感じます。こんな時だからこそ「人の道」を軸として、文化や伝統を守り育み、皆が協力することが大切だと考えています。個々の欲得に囚われているだけでは、決してプラスにならないと思うのです。小丸屋住井の家訓は、『心念不動』です。是非、皆さんとともに「日本の文化」を守りたいです。

住井啓子さん
■伝統を「マンネリ化」させない、老舗の気構えとは

北川:伝統というものを考える時に、ちょっと意地悪な言い方ですけれど、ただ普通に続けているだけだとマンネリ化するんじゃないか、と思うんです。京都で伝統を守っている老舗と言われる会社が、マンネリにならないために何をやってるのか、そこに興味を惹かれます。

北川一成さん

増田:言い古された言葉かもしれませんが、「伝統は革新の連続である」ということだと思います。京都で伝統文化を支えている皆さんが言われてきたことですが、本質的な部分を含んでいると思います。「文明」から「文化」へとつなげていこうという営みを、何回も繰り返していく。その都度、「文化」を作っていくというような感覚でしょうか。自分自身、なかなか実践としてできているとは思わないですけれど(笑)。

住井:おかげさまで小丸屋は、「京丸うちわ」のほかに「舞台小道具」「舞扇子」と、多種多様に対応させていただいております。知恵を絞った舞台小道具作りや、舞扇子のデザイン、京うちわの新しい商品作りと、何事にもやりがいがあります。それぞれの仕事を通した人と人とのご縁で、新たな商品も生まれています。そうした中で、楽しんで仕事に関わらせていただく幸せをいつも感じています。
うちわというものづくりで肝心なのは、手に取っていただいた方に「小丸屋のうちわはええなあ」と思ってもらえるものを作りたいという、作り手としての心です。そういう気持ちを大事にして、それを共有することで、最終的に作り手の気持ちや人間性が商品に現れてくるのだと思いますね。

■京都の文化を知るための「美意識」

北川:古い社寺や文化財が多く残っている京都は、観光都市として世界的に有名ですよね。ただ、京都の街を全体として俯瞰的に眺めた時に、古い街並みに混じって乱雑に開発されたビルが建っていたりもする。「芸術は細部に宿る」と言われますが、今の京都を考えてみると、「『月の桂』の日本酒」や「小丸屋住井の『京丸うちわ』」など、細部には伝統や文化が息づいている一方で、京都の街全体では結構、危うい面もあるんじゃないかと思うんです。近年、京都の美しいもの、それは風習も含めてですが、ずいぶん消えていったものがあると思うんですね。
京都って、芸術を学ぶことを大事にしないといけない街やと思うんですよ。芸術を学ぶこと、自分の中に美意識を持つことは、キンキラキンで綺麗に飾り立てるのが上手になるというのではなくて、人間性をまともにするという意味だと思うんです。物事の本質的な部分、普遍的なことが理解できる「常識人」になること、と言えるかもしれません。京都の伝統文化が素晴らしいのは、古いとか新しいとかじゃなく、そういった普遍的で、本質的な美しさを持っているからだと思うんです。

増田:うちは代々、文人墨客との交遊があり、書画骨董、いわばアートが大好きな家でした。小さい頃からそういうものに触れて、いろいろと見る機会に恵まれたのは先代のおかげですね。子どもの頃に、虫の絵がいっぱい描いてある杯を骨董屋で見かけて、どうしても欲しくなったことがありました。でも次に行ったら売れてしまっていて、それがすごく残念やったことを覚えています。そういう経験が現在につながって、良い形になっている部分は大きいと思います。
古いものの中には、必ず新しいものがちゃんと隠れているんですよ。だから、それを探しに行く力があるかないか。そこは、経験による部分かもしれませんね。うちの蔵の裏に鴨川が流れているんですが、子どもの頃の夏休みに、父と一緒に鴨川の源流を歩いて訪ねたことがあります。伏見から雲ヶ畑の向こうの分水嶺の辺りまで、延々と歩いて回りました。
何も知らなかったら、なかなか見えることはないけれども、色々なものを見ているから、気付くことができる。街を車で通り過ぎるだけでは見えないものが、実際に自分の足で歩いてみると見えてくるのに似ているかもしれませんね。

増田德兵衞さん

−−最後になりましたが、増田さんと住井さんにとって、「伝統」とは?

住井:家業を繋いできた先祖を守り、仕事を守り、お客さんを守る。そういうすべてのことに通じるのは、人への思いやりや気遣い、つまり、愛じゃないかなと思いますね。関わるすべての人を思う気持ちがあってこそ、伝統や文化を守っていくことができる。
それは、根源に愛がないとできないことです。

増田:伝統とはやはり、日々の気づきの積み上げだと思います。 最近は、若い人たちも文化や芸術というものに関心が向いているなと感じています。ブランドにこだわらず、自分たちでクリエィティブなものを生み出すことができる環境が増えてきたのは、良い変化ですよね。
私は酒造りを通して食に関わっているので、食文化に興味を持ってほしいと思います。ただ「美味しいから食べる」というだけでなく、「美味しく食べられる術」をぜひ身につけてほしいですね。たとえスーパーで買ってきた惣菜でも、自分なりにちょっと工夫して、器に盛り付けてみる。そういう心の使い方が、文化を愛するベースになると思います。

※「京丸うちわ」は、株式会社小丸屋住井の登録商標です。(登録商標第5673089号)


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