祇園祭を支える人々の想い

〈祇園祭2022〉196年ぶりの晴れ舞台、祇園祭「鷹山」が巡行復帰 縁がつないだ夢への挑戦

鷹山保存会 理事長 山田純司さん

いくつもの縁と思いを重ねて、いよいよその時が来た。江戸時代末期に相次いだ災禍で消失して以来、「休み山」として眠っていた祇園祭「鷹山」が今年、196年ぶりに後祭の山鉾巡行に復帰する。2012年から「鷹山の復活」を目指して取り組んできた鷹山保存会理事長の山田純司さんは「ようやくスタートラインに立つことができた。ここからが、本当の挑戦です」と力を込める。

(撮影:大道雪代)

誰に想像できただろう。御神体である3体の人形こそ残されていたものの、曳山(ひきやま)の部材はおろか、祇園祭に欠かせない囃子の曲さえなかった。「最後の巡行となった1826年から200年の節目に、再び山鉾巡行へ復帰しよう」。御神体を守り続けてきた衣棚町の関係者の思いを原動力に、ほとんどゼロからの挑戦が始まった。
「乗り越えなければならない壁はたくさんありました。その度に、必要な人間が不思議と集まってきた。神様に呼ばれたんやと、そう思うんです」。

(撮影:大道雪代)

人と人とを結ぶ縁が、「鷹山復興」という大きな夢を少しずつ形にしていった。元々は北観音山で囃子方を務めていたメンバーを中心として、2014年に囃子方を結成。すると「集まった囃子方の中に、たまたま工務店に勤めている人間がいたんです」。こうして、桂離宮をはじめ数々の文化財などの復元や修復を手がけ、数寄屋建築で知られる安井杢工務店との縁がつながる。他の山鉾から譲り受けた古い部材を活用し、伝統を受け継ぐ匠の技術が「鷹山」を再び蘇らせた。

「多くの方々との縁があり、ご支援を受けて、ここまで来ることができました」。わずか数人で始めた鷹山の復興を、今では囃子方や作事方、事務局など200人を超える仲間が支える。昨年12月から毎月1回のペースで山建てを行い、曳山の方向を変える「辻回し」など実際に動かす練習も繰り返してきた。
新しい羽を広げ、見果てぬ大空へ。時代を超えて、まもなく鷹山が飛び立つ。待ち望んだ祇園祭の夏を迎え、人々の思いは今、一つに重なる。
(文・龍太郎)
(2022年7月10日発行 ハンケイ500m vol.68掲載)

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