踏み出せ!「ガクモン」の未来〜大学ラボ最前線〜

統計学がつなぐ文理融合の総合知。多様な領域との共同研究が、よりよい社会の未来をつくる。

vol.02 同志社大学文化情報学部 宿久洋 教授

いま、私たちの生活の中で多種多様で膨大な情報が飛び交っています。ますます広がるデータサイエンスの未来に向けて、情報を解析し、新たな知見を探る統計学は大きく期待されています。「大事なのは、専門知と総合知の組み合わせ。そこから、次のブレイクスルーが生まれます」。公共政策、医療、ビジネスと、多様な分野で共同研究に取り組む宿久洋教授が思い描く「統計学のこれから」とは−。

−−情報化社会の進展や先端技術の発達によって、私たちの暮らしや生活から日々多くのデータが生み出されています。それらを扱う統計学では、どのような研究に取り組んでいるのでしょうか?

我々の「文化情報学部 統計科学研究室」で取り組んでいるのは、今風に言えばまさしく「データサイエンス」。本来的には統計学の方法論に関する研究です。理論と実証の2本の柱があり、中でも実証研究はいろいろな分野のデータを扱います。学内はもとより、他大学や企業、自治体など多分野の方々と共同で、実証研究を進めています。
研究の流れで言えば、まずセオリー(理論)があって、次にメソッド(方法論)があって、その後にアプリケーション(応用)がある、という順番なのですか、我々の研究室ではこのうち「方法論から応用」の部分に取り組んでいます。
位置情報を伴う「空間データ」、同一の対象から多面的情報を採取した「シングルソース・データ」など様々なデータを扱い、主にマーケティングデータ、スポーツデータ、生物データ、オルタナティブデータなど多様な分野のデータを用いて研究をしています。

−−幅広い領域の研究内容に驚きました。「統計学」と聞くと難しそうなイメージですが、暮らしに身近な研究もあるのですね。

空間データに関する研究の中で、2018年に発生した「大阪北部地震」の人の流れを分析しました。地震などの災害時に、多数の人が集中して避難すると「帰宅難民」や避難所の混雑などの問題が起きます。これを解決するため、携帯電話の位置情報から得られた擬似的な人口や移動速度などの情報を基に、様々な角度から分析して人流の予測に役立てようという研究です。
また、東海国立大学機構の糖鎖生命コア研究所(iGCORE)と共同で、「糖鎖(グライコミクス)」に着目した研究にも注力しています。細胞の表面を覆っている糖鎖は非常に多くの情報を持っていて、アルツハイマー病などの疾患とも密接に関わっています。ですが、まだ分析のスタンダードな方法は確立されていません。専門的に研究している東海国立大学機構の研究者が得た糖鎖のデータと大規模コホートデータを基に、私たちは統計学の方法論に基づく分析を担っています。色々なデータを組み合わせることで、これまでにない新しいことを作っていこうと、他大学の研究者と共に、研究室に在籍する博士課程の大学院生も交えて研究に取り組んでいます。
社会貢献につながる共同研究は、学生も非常に熱心に取り組んでいます。最近は総務省など行政もかなり広汎なデータをオープンにしています。そういう意味では、問題意識さえあれば、色々な切り口で共同研究に取り組める環境にありますね。

−−マーケティングなどビジネスの領域だけでなく、防災や医療といった領域でも統計学の存在感が増しているのですね。

私が大学院生だった頃は「大容量20MBハードディスク」がもてはやされていた時代です。統計用の計算ソフトを使うのにも、パソコン1台あたり年間300万円くらいかかりました。それが、1990年代の後半から、いわゆる「IT革命」や「情報化社会」と呼ばれる大きな変化が起こります。計算機の性能も急速に発達し、「多変量解析」という手法で扱えるデータの規模も飛躍的に大きくなりました。それまで研究のボトルネックになっていた計算機の性能という制約はなくなりつつあります。さらに近年は、機械学習といった新しい技術も登場してきています。
まだ日本国内に「情報」と名が付く学部や研究施設が存在していなかった当時と比べると、統計学についての考え方やアカデミアの状況も大きく変化してきていると思います。現在では小学校〜高校までの教育内容に統計的な考え方が入っていますし、大学でもデータサイエンスを学ぶ学部や学科が増えてきました。データや情報を見るリテラシーは決して専門家だけのものではなく、これからますます一般的な知識になっていくと思います。

−−社会や技術の変化とともに、統計学の未来も大きな可能性を秘めていますね。

「統計学の未来」いいテーマですね(笑)。これからどのような変化が起きるのか、私個人が予測できるものでは当然ありませんが「アカデミアが、アカデミアで閉じる時代ではなくなった」と感じています。多様な課題の解決に取り組んでいる組織や研究者と協働して、研究を進めていく時代です。
今後の鍵を握っているのは、人工知能との融合をどう進めるか、ということでしょう。今や統計のデータ処理や予測モデルによる計算はほとんど自動化されていますが、ただ一つ、「目的は何ですか」ということは人間が決めます。自動化できるものは自動化することで、人間の創造性がさらに発揮できる研究ができるようになるかもしれません。
文化情報学部が目指している「文理融合の学び」もそうですが、大事なのは専門知と総合知の組み合わせだろうと考えています。思いもよらない組み合わせが、ブレイクスルーを生むことにつながるのです。専門知はもちろん大事なんですが、応用の場面では専門知がぶつかり合うような形より、総合知を持った人が専門知をつなぐような形の方が、より良い社会になっていくと思います。

宿久洋(やどひさ・ひろし)
同志社大学文化情報学部教授

1967年生まれ、福岡県出身。九州大学大学院総合理工学研究科修士課程修了後、鹿児島大学理学部に赴任、助手、助教授を務める。2008年より現職。大学時代は抽象数学について研究していたが、実学に近い点に惹かれて統計学の道へ。現在はデータ解析の方法論の研究を行い、多変量データ解析、計算機統計学を専門とする。趣味は旅行とワイン。


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