<出会う>京都のひと

「8席のカウンターの16個の目に見つめられている」

大阪仕込み、すっぽんが得意な和食店。
料理屋 しん谷 店主 新谷洋介

■料理は「笑顔」で作るもの

兵庫県の川西市出身。料理上手な母親の影響で、作る側に興味を持つようになった。小学生の頃、母親の友人にお手製のプリンを振る舞ったことがある。
「料理で人を喜ばすことができんねや」。
母の友達が嬉しそうに食べる姿を見て、そう思ったのを憶えている。その感覚が忘れられなかった。高校卒業後は大学に進学する予定だったが、「食いっぱぐれがない」という理由もあり料理専門学校の辻学園に。専攻は和食を選んだ。

ランチ限定の玉手箱弁当2,500円と追加1,000円でセットにできる名物のすっぽん小鍋。弁当は懐石コースを凝縮させた3段重。赤出汁、土鍋ごはん、食後のデザートが付く。アラカルトをはじめ、旬の会席7,000円、すっぽんコースは10,000円(2日前までに要予約)

■安定の人生をリセット。一からのスタート

卒業後は神戸「西村屋」の系列で3年半働いたのち、「まつのはこんぶ」が有名な大阪の料亭「花錦戸」へ。「しん谷の名物でもある、すっぽんのノウハウはこの時に学びました」。その後は料亭の流れを汲んだ系列店で5年間、料理長を務めた。給料も高く、待遇もいい。文句はなかった。同じ境遇なら、きっと大多数の料理人が現状維持を選ぶはずだ。ところが、新谷さんは30代も後半にして辞める決意を固める。
「もっと、料理を学びたい」。
「西村屋」時代の先輩後輩という縁から、神戸の名店「料理屋 植むら」の板場に入ることになったのだ。髪型も丸坊主にし、1日15時間、朝から晩までひたすら働いた。同世代より多かった年収は3分の1になった。
つらいこともあったはずだ。しかし、本人は「それでも、料理するのは楽しいから」とあっけらかん。ミシュラン2つ星の仕事ぶりをつぶさに観察し、これまでいた奥の厨房でなく、客の間近で料理を学んだ。
「ここまで尽くさないと、お客さんは満足してくれへんのや」、心から客を喜ばせる難しさを、あらためて知った。

店で使う柚子こしょうも自家製だ。

■喜んで欲しいという一念。すべてはお客さんのために

「おいしそうに食事をされるお客さんの顔が見られるのなら、自己犠牲なんて何にも思わない」。
このような人が作る料理が美味しくないわけがない。妻の実家がある中書島で、庭にも酒器にもこだわって、昨年9月に独立。昼はお重のミニコースで、夜はアラカルトとすっぽんのコース。特に名物のすっぽん鍋は、すっぽん本来のまったりとした風味がストレートに感じられる端正な仕立てだ。
そのほかも、何でも自分で作りたい性格。どれも手の込んだ料理で、最後の水菓子まで抜かりない。でも、ここは負けないという一番のポイントは? との問いには、これだけ料理に手をかけているにもかかわらず「笑顔!」と。
「料理は笑顔で作るものだと思っています。接客も好きですね。お客さんの無茶ぶりに応えるのが好きなんですよ。ドMなんです」と楽しそうに笑う。
「8席のカウンターの16個の目に見つめられている。最初はめっちゃ緊張しました」、でも今は快感。ひいてはやる気につながっている。笑顔の料理。それは、定期的に通いたくなる温かな味わいだ。

(2020年11月10日発行 ハンケイ500m vol.58掲載)

特等席はやはり、調理風景を一望できるカウンター席。
亀島の坪庭。

料理屋 しん谷

京都市伏見区表町582-1
▽TEL:0757487111
▽営業時間:11時半~13時半LO、18時~22時LO
▽定休:不定休

最寄りバス停は「中書島」