サエキけんぞうの京都音楽グラフィティー

vol.01「満亭」(その2)

京都の街は面白深い。日曜にランチ難民となってたどりついた洋食屋さん「満亭」の先代は画家で、そこはかつて有名フォーク歌手がたまる店なのであった。河原町の路地の一角には、1960年代後半への扉が開いていたわけだ。

マスターのお父さんである大関八仙さんは、「絵を書くのが第一義ではなく、自分の人間性をどう展(ひろ)げていくか?その精進が第一義」と、この六角通河原町の洋食レストランを営むかたわら、南区西九条にアトリエを構えて絵を描いていたという。そのアトリエは多くの芸術家や友人が集う交遊の場となっており、大きな居間には八仙さんの人柄に惹かれたアーティストらが一度に十数人寝泊まりしていた。60年代後半の京都は、世界で同時に進行していた「ヒッピー革命」の影響を受け、若者コミューンの気風が存在していたようだ。八仙さんのアトリエも、おそらくそんな雰囲気だったのだろう。

「みんなで日々、うだうだと語り合うんだけど、いろんな人が集まってるから、何かをやろうとするエネルギーが出てくる。人生の道に迷った者にとってアトリエはオアシスだった」と当時について八仙さんは語っていたそうだ。なかなか今の時代は、自宅を正体不明の他人に公開して、日々語り合う場所にするなんて奇人はいないだろう。もしもそんな暖かい場所があるならば、なんだか引きこもりだって、鬱病だって、すぐに癒されてしまうような気もしてくる。そのアトリエに「フォークの神様たち」高石ともやさん、岡林信康さんも混じっていたのだ。八仙さんの息子の現マスター寛二さんによれば、岡林さんは人目を偲んで長期間滞在していたこともあったという。

「父は多くを語らず、背中で語っていた。夜遅くまで話しこんでも、必ず早朝には起き、料理を作ったり、絵を描いたりしていた」と寛二さんは回想する。レストランを営みながら、そんなもてなしをすることはなかなかできるものではない。実はアトリエが盛り上がってくる70年代からは、寛二さんがお店の厨房に立つようになっていた。寛二さんは、それ以前の60年代前半から堀川にあった京都国際ホテルのコックとして修行していたのだった。

60年代初頭の京都には、京都ホテル、都ホテル、京都ステーションホテル、そして京都国際ホテルの4つしか大きなホテルはなかった。京都は今のような巨大観光地ではなく、お寺は入場料もとらなかった。寛二さんによれば、たまに見学にきた学生にはお茶菓子を出してくれたことさえもあった!そして市街には馬が歩いていたという。一方で外国人は多かった。いくつかのホテルが米軍に接収された名残りもあるだろうが、60年代になっても主要客は外国人で、人気の裏には彼らを引きつける極上の「ご馳走」もあったようだ。寛二さんによれば、京都近郊で育てられた「今のA5ランクとか目じゃないもっと美味しい」極上の和牛をビフカツで提供したら大当たりで、その評判が海を越えてアメリカ本国に伝わったらしく、さらに沢山の訪日客が訪れたという。

寛二さんはホテルのコックとしてそんな贅沢なお肉を役得で味わいつつ、腕を磨いた。コック生活は忙しすぎて過酷なものだったが、休む時間も無いことでかえって貯金は貯まる一方で、ホテルを辞めて海外旅行に行ったあとに「満亭」へ入った。そして八仙さんの作り出した満亭の名物・えびクリームコロッケも引き継いだのだ(肉屋さんの店先で売られていたコロッケが5円、10円の時代に、200円で出された贅沢コロッケだ!)。

そんな話をおいしいランチのあとにほっこりワクワクしながら聞いていると、「高石ともやさん、久しぶりに会いたいなあ」と寛二さんの奥さんが言い出した。奥さんは高石ともやさん主宰の「宵々山コンサート」を毎年楽しみにしているという。実は僕もマスターの寛二さんと話しながら「満亭の記憶のトンネル」をのぞいていると、なにやらフォークを中心とした京都の音楽シーンに、想像もつかない青春絵図が繰り広げられているのがうっすら見えるような気がずっとしていた…そして、ついにサエキの悪い虫がウズきだした。

「このお店で高石さんのお話を聴くイベント開きませんか?」
ファンの人たちとえびクリームコロッケを囲んで…と、思わず申し出てしまったのだ。「へ?、もし開いてくれはるんならやりますよ」とマスターはあっけなく即答。そして高石さんの窓口への連絡先を教えてくれたのだった。

思いの外、簡単にイベントの扉が開いてしまった…。
一体大丈夫なのだろうか?(続く)

サエキけんぞう

アーティスト、作詞家、1980年ハルメンズでデビュー、86年パール兄弟で再デビュー、作詞家として、沢田研二、小泉今日子、サディスティック・ミカ・バンド、ムーンライダーズ、モーニング娘。他多数に提供。著書「歯科医のロック」他多数。2003年フランスで『スシ頭の男』でデビュー、2012年「ロックとメディア社会」でミュージックペンクラブ賞受賞。最新刊「エッジィな男、ムッシュかまやつ」(2017年、リットー)。2015年ジョリッツ結成、『ジョリッツ登場』2017年、『ジョリッツ暴発』2018年、16年パール兄弟30周年を迎え再結成、活動本格化。ミニアルバム『馬のように』2018年、『歩きラブ』2019年、『パール玉』2020年を発売。
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