〈特別対談〉日本の伝統工芸「漆」

古より続く日本の伝統工芸「漆」その深淵なる魅力とは

日本の伝統工芸として、現代まで連綿(れんめん)と受け継がれてきた「漆」。その起源は古く約9千年前に遡るとされます。長大な時間を有してなお、可能性を広げ続ける漆の美。2020東京パラリンピック閉会式でもフランス側から、漆を使う「金継」について言及されるなど、古くて“新しい”伝統工芸として「漆アート」が、世界的に注目されています。そんな「漆アート」の存在感を高めるため、漆のギフト商品の企画や異分野とのコラボレーションに取り組んでいる清川かやこさんと、漆を愛して止まない林誠一郎さん、漆芸家の戸田蓉子さんの3人が語り合い、深淵なる漆の魅力に迫ります。

:いきなり驚かれるかもしれませんが、僕は漆の素晴らしさ、その価値は、地球外生命体にも伝わると本気で思っているんです(笑)。きっかけは僕が魅了された漆芸家の浅井康宏さんの作品なんですが、初めて見た時、宇宙にも通じる美に触れた気がしました。地球という自然の中に存在している美しさを、人間の技術で最高の水準に持っていくのが漆芸です。それくらい、僕にとってロマンがありますね。

「宇宙にも通じる本物の美しさ。それが漆です」と話す林誠一郎さん

清川:「宇宙にも通じる美」というお話に、すごく共感します。私が初めて漆の不思議な魅力に気づいたのは、英語通訳ガイドとして外国の方を茶道体験に案内したときでした。職人さんの手で丁寧に作られたお茶道具の棗(なつめ)。対面してじっくりと見ていると、漆が「人」みたいな存在だと思えました。
考えてみれば、その棗は樹木という生き物からつくられ、名前(銘)もあり、衣服(仕覆)も纏っている。関心を持って調べるうちに、驚異的な抗菌性能や強度がある素材だとわかりました。その後、私の出身地、京都府福知山市に、漆の植樹活動をしているNPO法人丹波漆があることも知り、ますますご縁を感じ、漆の魅力にのめり込んだのです。
歴史的にも、マリー・アントワネットをはじめ、ヨーロッパの貴族たちは日本の漆芸品の大ファンだったそうです。こんな素晴らしい物を贈り物にすると、作り手も、贈る人も、贈られた人も、みんなが笑顔になるに違いない。そう考えるようになり、オーダーメイドのギフトとして「漆アート」を京都市立芸大出身のアーティストに依頼してお作りするようになりました。

「漆とはまさに、『人』のような存在。私たち日本人の“強み”だと思うんです」と語る清川かや子さん

また、漆の存在感を高められればと、哲学・いけばな・クラシック音楽・ヘルスケアなど異分野と融合させる企画を試みています。例えば、東京大学の哲学者の先生とは、教育プログラム「漆アーティストと哲学・対話する(コロナ禍後の私たちの人生について、「漆」というモノを起点に考える)」というオンラインイベントを開催。また、シンガポールの日本大使館の公式式典『天皇誕生日祝賀レセプション』(ご来賓800名規模)では、「新しいスタイルの漆器」を展示披露し、5つ星ホテルで開催した日本文化体験型展示会でも、海外で人気の高い、いけばな・日本酒・日本茶などの体験と併せて「新しい漆のアート」を展示しました。そして今年は、文化庁の補助事業であるクラシック音楽のオーケストラ演奏会でも「漆アート」を展示。様々な機会に“日本の宝”である「漆アート」とアーティストの存在を伝えたいと願って活動しています。

「小筥 海老蔵〜secret box Ebizo」(作・漆芸家 戸田蓉子)

戸田:作家の立場から言うと、漆は漆樹の体液のような有機的なもの。一般の方の目に触れることのないとろりと艶やかな液状の漆には、特に神秘的な美しさや混沌としたエネルギーを感じます。そんな漆を採取できるまで樹が成長するには15年近くかかります。わずか200mlほどの樹液を採取し尽くすと漆の樹は役目を終えて「掻き殺し」(切り倒し)されます。漆掻きの職人さん達は「ありがとう」と手を合わせるそうです。また、漆は各工程の度に半日から1日かけて乾かさねばなりません。漆を扱っていると、古来変わらない時間の流れに引き戻してくれるような感覚にもなります。

「漆には、人間と通じる生命力、神秘さを感じます」という戸田蓉子さん

:皆様とお話していると、漆に対する価値観が同じだなぁと心底嬉しいです。自然の素材を使っている漆の器は、肌に触れた時や口に含んだときに違和感のような感覚がない。器の中に入っているものを自然に、抵抗なく受け入れられる。だから、お酒などもいっそう美味しく感じられるんじゃないでしょうか。

「包み込む器〜Bed/Bath for Baby」(作・漆芸家 戸田蓉子)

清川:今日お持ちした作品のひとつが、戸田蓉子さんの「包み込む器」と名付けられたベビーバスです。漆と土と布を用いる「乾漆(かんしつ)」という技法を用いた形状、触り心地が本当に優しくて、漆でしか出せない温もりを感じます。塗って、乾かして、研いで……。長い時間をかけて、まるで子育てをするように作られる漆の作品は、もはや「物」ではなく「人」。価格の何十倍、何百倍もの価値を秘めている。そんな作品を生み出し育てている作家の皆さんを、ただただ尊敬しています。

「乾漆小器〜Kanshitsu small container〈Petals〉」(作・漆芸家 戸田蓉子)

戸田:ありがとうございます。漆は美しいだけでなく、かぶれるといった人間にとって負の要素も持っていて、私はそこにも惹かれます。古(いにしえ)の人々はそれを受け入れ、敵対せず「浄化」のようにも捉えていた。この漆のもつ日本的な感覚は、サスティナビリティと皆が言う今の時代にマッチしていると思います。

:僕は工業製品を作る会社を経営しているのですが、機械任せではやっていけない時代です。人の手でやる部分、職人仕事こそ、価値を持つと考えています。その意味でも、漆に代表される伝統工芸が息づいている日本にはチャンスが残されている。世界と渡り合っていくためにも、日本の伝統工芸の本物を、これからの時代に残していかなければならない。

以前、飛行機のファーストクラスの座席に、漆を取り入れた和の設えを提案したことがあります。贅を尽くすところにファーストクラスの価値があるならば、プラスチックの樹脂ではなく、美しく心地よく、殺菌性もある漆こそ相応しい。その一方で、気軽に漆のよさを体験できるような、日用品も大切だと思うんです。ぜひ多くの方に本物を知ってもらう機会、触れてもらえる機会を増やして、漆の魅力を世界に広げていきたいです。

乾漆酒器「神垣内 ~Kamikochi」(作・漆芸家 楠田直子)

清川:本物の漆を知ってもらうことは、とても重要だと思います。以前、シンガポールの空港で、世界的な高級ブランドが手掛けた漆塗りの商品があり、店員に産地を尋ねたらベトナム製だったんです。店員は堂々と「ベトナムのラッカー(漆)は世界一美しいから」と付け加え、衝撃を受けました。「日本の漆芸を見てから言ってほしい!」と。

寿司職人へのオーダーメイドギフト「漆アート刷毛」(商品企画・販売:アイディア・ウーマン、蒔絵:漆作家 黒沢理菜、桐箱の書:北見宗雅)

日本は、価格を抑えて提供すること、謙遜することを美徳と捉える傾向があるように思います。一方で、世界で通用するブランドを確立するためには、「私たちが世界一なんです!」と胸を張って言い切り、相応の価格をつけることも大切だと痛感しました。日本の漆芸の本当の価値を伝え、それを価格に反映する。それができれば、漆芸家や職人さんの地位も今より向上していくと思います。そのために考えたのが「漆・金継アンバサダー」制度です。漆の知識を資格にすれば多くの人に日本の漆芸の魅力が伝わるのでは、と構想中です。皆さまのお力添えを頂けると嬉しいです。

乾漆アクセサリー(バングル)(作・漆芸家 楠田直子)

:「漆・金継アンバサダー」、素晴らしいですね。漆という古来、続いてきた文化を次代に繋げ、新しいものを生み出していく。そのために、多くの人が本物の漆芸を知り、本当の価値を分かる機会が必要です。そんな情報を発信していくことも、私たち漆を愛する者の責任だと思います。

右から時計回りに、NPO法人 丹波漆の英文パンフレット、福知山市「やくの木と漆の館」菓子皿(絵型制作:館長 小野田さやか)、ゴブレットの木地(デザイン:漆作家 佐々木萌水)

清川(寺本)かやこ
京都府出身。外資系航空会社などを経て通訳ガイドとして活動中「漆の凄さ」を知ったことがきっかけで2018年に独立。「漆」の付加価値と存在感を高める活動として、「漆アート」をギフト商品として国内・海外より受注。教育(哲学・対話)、音楽や他の日本文化など異分野とのコラボレーションにも取り組む。株式会社アイディア・ウーマン代表/ギフトコンシェルジュ。

林誠一郎
京都出身。航空機などの歯車や部品製造を手がける川崎機械工業株式会社代表取締役社長。在日フランス商工会議所アンバサダー、オハイオ州立大学歯車研究所スポンサー、同志社大学アートインビジネス研究会研究委員など数々の肩書きを持つ。漆芸作家、浅井康宏のスポンサー。

戸田蓉子
同志社大学美学及び芸術学専攻卒業。フランス・パリでのインターン中に漆に興味をもつ。帰国後、東京藝術大学名誉教授大西長利に漆芸を師事。国際漆展石川金賞など受賞多数。京都市とパリ市のアート共創プロジェクトに選出され、作品はアートフェア東京、Collect(ロンドン)など国内外で展示される。

左から清川かやこさん、林誠一郎さん、戸田蓉子さん

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