ハンケイ5m

「気づいたときから、自分のやりたいことを始めてみる。そうしたら、世界がどんどん広がった」

LGBTQであることを公表した京都市交響楽団コントラバス奏者
Juvichan(ジュビちゃん)

■旋律に「愛」を託して

異能のコントラバス奏者、と呼ぶべきか。京都市交響楽団のメンバーとして活躍する一方、音楽動画のYouTube配信、人気ロックミュージシャンとのコラボレーション、さらには作曲家としての活動まで。まるで万華鏡のように多彩な音楽を創造するJuvichan(ジュビちゃん)について、語るべきことは数多い。

けれど、あえてひとつの言葉に集約するならば、それは「愛」ということになるのかもしれない。音楽を愛し、自分自身を愛し、今を生きるこの瞬間を愛すること。

自分の才能に、自分という人間に、気づいたその日から、愛を奏でるその旋律は、彼女の人生の歩み、そのものの響きになった。

2018年、円山公園野外音楽堂でのリハーサルの様子。この日は、弦楽三重奏で演奏に参加した。
■音楽への夢、現実の壁

音楽の芽生えは、家にあったクラシックのレコード全集だった。

「小学校に上がるころには、ベートーヴェンの交響曲第5番をひと通り覚えたくらい、クラシックが大好きでした」。

生まれは神奈川県横浜市。小学5年の時、両親の故郷である広島県福山市に転居。中学に入りブラスバンド部でトランペットを始めた。

一方でユーミンやYMOなど、ポップ音楽に傾倒し、バンドを結成。エレキギターを持ち、「将来はポップミュージシャンになりたい」と夢を描くようになる。

高校では、当時ブームになっていたフュージョンにも影響された。夢を実現したいと、卒業後は東京の音楽専門学校へと進んだ。

「上京して、愕然としました。難易度が高いプロの楽曲を、同年代が完コピしているんです。とても敵わないと思いました」。彼我の差を目の当たりにし、夢は萎んだ。失意に暮れる中で、小さな偶然が訪れる。

「友達が『要らなくなったコントラバス、5万円で買わないか?』って。もちろん私は弾けないんだけど、家に飾っておいたらカッコいいなと思って。譲ってもらったんです」。

運命、かどうかは分からない。インテリアにしては嵩張(かさば)り過ぎる、20歳を過ぎて、ジュビちゃんは、そんなふうにコントラバスと出会った。

これまでに発売したCD「音楽界の異端児」エリック・サティの作品を収めた『Gymnopédiste(ジムノペディスト)』(左)と、オリジナル楽曲集『にじいろのさんぽみち。』(右)
■花開く、才能との出会い

縁がなかったコントラバス。眺めていると、夢がまた、ふつふつと膨らみ始めた。

弦の数こそ違えど、ギターと同じ弦楽器。クラシック音楽は、子どものころからレコードが擦り切れるほど聴いてきた。

「コントラバスを弾いてみよう」。

そこにはやはり、音楽を生業にしたい自分がいた。

自分の可能性、音楽への愛に忠実に、まったく弾いたことのないコントラバスを手にしたのだ。「狭き門」は承知の上で、20歳からクラシックで音楽大学を目指すことになる。

才能か、いや運命だったのだろうか。

「お前はプロの演奏家になれる」。わずか半年ほどの練習で、師事した先生から太鼓判を押され、大阪音楽大学に見事合格。入学早々、演奏の仕事の声がかかる。子ども向けのコンサートに始まり、大物歌手のバックバンド、オペラの舞台まで。呼ばれた先々の現場で必死に腕を磨く日々、仕事として、音楽を演奏する楽しさにのめり込んだ。4年まで通った大学を中退。関西を拠点とする管弦楽団のオーディションに合格し、晴れてプロのコントラバス奏者としての人生を歩み始めた。

■「違和感」としての気付き

夢は叶った。順調にキャリアを重ね、気づけば40代のベテラン演奏家に。しかし、いつ頃からだろう。心の内に、違和感が膨らんでいた。

ある日、ふと目にしたピンクと白の水玉模様の傘に強く惹かれ、我慢できずに購入した。
さした瞬間、満たされる思い。ジュビちゃんの中で何かが変わり始めた。

オーケストラではコンサートの時、男性の服装は燕尾(えんび)服かタキシードと決まっている。「それがどうしても嫌で、着たくなかったんです」。強い拒否感が生まれ、病院に相談に訪れた。医師は「性同一性障害」と診断し、こう続けた。

「あなたがそうしたい、と思うだけのこと。それを隠す必要もない。あなたの自由にしたらいいんじゃない?」。

■いま、好きなことをする

LGBTQ(性的少数者)である、という事実を認めたジュビちゃん。そこから、自分らしく生きるための新たな日々が始まった。服装や髪型、容姿を変えていく過程は、周囲の人たちや両親との関係を再構築することでもあった。それは新しい世界の創造にも似た営みだ。
自分を見せてみよう。そんな思いから、5年前、YouTubeで動画配信を始めた。見せるのは音楽だけでなく、ジュビちゃんの日常。それがいいのか悪いのか、まったくわからない。手探りで迷いながら、とにかく自分を発信し続けた。

そんなとき、音大時代からの大切な友人が末期がんを患ったと知る。見舞いに行くと、思っていた以上に友人は弱っていた。手持ち無沙汰の友人宅で、自作の配信動画を見せてみた。金髪にフリルのついたピンクのドレス姿のジュビちゃんが、打ち込みのポップミュージックに合わせて、ハツラツと踊っているコメディだ。それを見て、元気がなかった友人が、初めて笑ってくれたのだ。

「面白いと思う。人生なんて短いんやから。好きなことをやったらええねん」。

その言葉が、ジュビちゃんの背中を押してくれた。

ひとと違うことを恐れずに。ありのままを愛し、自分の得意とすることを選び続けるならば、人生はもっと自由になる。それがいつからでもいい。

「気づいたときから、自分のやりたいこと、楽しいことをやる。そっちの方が、自分の世界がどんどん広がっていきます」。

いつだって今この瞬間が、新しい人生の始まりの日であるように。祝福に満ちた愛を、音楽に乗せて届け続ける。

(2021年9月13日発行 ハンケイ5m vol.1掲載)

自作動画を配信している「Juvichannel(ジュビチャンネル)」は、演奏から練習アドバイスまで、その内容はバラエティに富む。人気動画の再生回数は7.8万回を超えた! ▽Youtube「Juvichannel(ジュビチャンネル)」⇨https://www.youtube.com/channel/UC-FoWfaEMNRg8sQGfcCb15Q

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