ハンケイ5m

「車椅子だから、快適な茶道の楽しみ方に気づけました」

「盆略点前(ぼんりゃくてまえ)」の茶道を通し、すべての人が暮らしやすい社会の実現を目指す
「車いすおもてなし隊」の加藤千明さん

机の上に置かれた盆に、棗(なつめ)、茶杓(ちゃしゃく)、茶筅(ちゃせん)、茶碗が並んでいる。ひとつひとつを確かめるように見つめた後、振袖に身を包み車椅子に乗った加藤千明さんは、すっと姿勢を正した。帯に着けた帛紗(ふくさ)を抜き取って、丁寧にさばいていく。指先からはらりと広がった朱色の帛紗は、やがて手の内でゆっくりとたたまれる。

凛とした雰囲気の中に、軽やかな茶筅の音が心地よい。その手が止まると、束の間の静寂をおいて、一碗の薄茶が差し出された。「茶道は和文化の総合芸術。関わる人たちすべての思いを、自分のお茶で伝えたいです」。柔らかな蕾が花開いたように、加藤さんの笑顔がこぼれた。

■本来の、茶の湯の「もてなし」に沿うように。

千利休が「侘び茶」を大成して以来、和の文化として伝えられてきた茶道。茶室の中で正座してお茶をいただく印象が強いが、椅子に座るスタイルの歴史は意外に古い。1872(明治5)年に開催された第1回京都博覧会。訪れた外国人をもてなすため、裏千家十一代家元玄々斎(げんげんさい)が、テーブルと椅子を使った点前「立礼(りゅうれい)」を考案した。その後、十三代圓能斎(えんのうさい)が、必要最少の茶道具で行う「盆略点前」を創案し、時代に応じた手軽な茶道の楽しみ方として広まった。

「盆略点前」は、30センチほどの大きさの盆に茶道具を並べて行うお点前だ。「畳で正座」だけでなく、「テーブルと椅子」でも茶をもてなせる。4年前に「盆略点前」の茶道を始め、加藤さんは裏千家の中級資格を持つ。より多くの人たちに茶道の楽しみ、和文化の魅力を体験してもらおうと、国内各地で「おもてなし活動」としてお茶を点てている。
「初めてだったんです。自分がもてなす側になったこと」。

いつも生活の中で他者の介助を受けてきた。だからこそ、自分が点てた一碗のお茶で、日頃の感謝を伝えたい。それが、加藤さんのおもてなしの極意だという。

抹茶碗とアイシングクッキーは、どちらも女流造形作家・岡本彩さんが手がける「銀雪の里」のもの。「干菓子の代わりに、クッキーを選びました。お抹茶にもよく合います」と、加藤さん。愛らしいキツネの親子が秋のお月見を連想させる。

■「できない」ではなく「工夫」で願いを叶える。

加藤さんが生まれ育った三重県は「伊勢茶」の産地。茶畑が広がり、陶磁器「萬古焼(ばんこやき)」でも知られる。そんな環境もあって、子どもの頃から身近にあった和文化に心惹かれていた。

原因不明の疾患から徐々に歩けなくなり、車椅子での生活を始めたのは5歳の時。「体育の授業など、小中学校の時から車椅子だとできないことが多かった。だからでしょうか、いつも何か工夫したらできるかな、と考えていました」と、振り返る。

加藤さんの創意工夫、チャレンジ精神を象徴するエピソードがある。中学生の夏、「浴衣を着たい」という願望にかられ、思い切ってハサミで上下に裁断してみたのだ。「もともと手先は器用だったので自信はあったんです。でも、どう縫えばいいかわからず……。祖母に手伝ってもらって、車椅子でも着られるセパレートの浴衣に仕上げました。紺地にピンクの可愛い花柄で、今も大事に取っています」。

全国各地で盆略点前の魅力を発信している。

■茶道で膨らむ夢、多様な人とのコミュニケーション

和文化に親しみ、憧れを抱いて育った加藤さん。陶芸、着物、菓子など、茶道はさまざまな和文化が複合的に関わる。それぞれの文化を知れば知るほど、茶道の奥深さに心動かされるという。「茶道を楽しむために、茶室のことも知りたい」。加藤さんは京都の大学の通信講座で和風建築についても学んでいる。

「露地に配された飛び石や、あえて狭く作られたにじり口。茶室の随所に、茶の湯の心が息づいています。段差が多いから車椅子では行けないでしょう。でも自分でデザインした茶室なら車椅子でも行ける、と思ったのがきっかけです」。

田中賀鶴代先生のアシスタントとして「おもてなし」についての講演会をすることも多い。

自分のハンディを制約として捉えるか、創意工夫の出発点として考えるか―。自らハサミで裁ち切った浴衣が唯一無二の宝物になったように、茶道を通した経験は、新しい世界を教えてくれる。加藤さんの次の目標は、車椅子で山に登り、自然の中で「野点(のだて)」のお茶を楽しむことだ。

「正座の苦手な外国からの観光客や、足の不自由な高齢の方でも、気兼ねなくお茶を楽しんでいただける。車椅子だから気づけたのだと思いました。誰にとっても楽しいお茶で、おもてなしできるのが、盆略点前のいちばんの魅力です」。

加藤さんは今、茶道を通じて多様性という言葉を噛み締めているのだそう。テーブルで茶をもてなすことで、茶道に縁が無かった多様な人たちとつながり、ともに心豊かなひとときを味わえる。丁寧に差し出される彼女の一碗は、優しさと希望にあふれている。

右から、加藤さんの茶道の師である田中賀鶴代先生、誰もが簡単に着られる着物を広める中野孝郎さん、その着付けを担当する田中美代子さん。家族のように和やかな雰囲気だ。

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