<出会う>京都のひと

「京都らしさは、京都を外から眺めてみないとわからない」

和の伝統食を継承。京都初のねりみそ専門店。

ねりみそ工房 利香庵 店主 高橋宗孝

■生き残った私にできることはなにか

髙橋宗孝さんは今日も、大鍋に向かってみそを練る。

「白みそを混ぜるのは京都だけ。味がまろやかになるんですよ」。そうして「どうぞ」と差し出されたのは、看板商品の鶏みそ。濃い褐色の色味からは想像できない穏やかな味わい。口にした瞬間がクライマックスではなく、うまみがじわじわと右肩上がりに広がっていく。

鶏みそ100g380円。他にも九条葱や淡路玉葱みそなど、ねりみそは全10種を揃える。もちろん、全て自然の味。素材の旨みの底力に驚く

■旅修行で深まった京料理の本質

「利香庵」は京都初のねりみそ専門店だ。ねりみそとは火にかけて練る加工みその総称であり、おかずにもなることから味噌菜とも呼ばれる。

髙橋さんが料理の道を志したのは18歳のとき。母方の実家が宇治の仕出し料理屋で、包丁仕事に憧れてのことだった。京料理の奥深さを実感したのは、最初の修行先だった南禅寺参道の料理旅館の板場に慣れた頃。突如、食材の産地への旅修行を大将から言い渡されたのだ。

「受け入れ先だった長野の松本では春は山菜、夏は渓流魚、秋はきのこ。色んな経験をさせてもらいましたね」。

田舎に行って、京都らしさは京都を外から眺めてみないとわからないと気付いた。各地の食文化を経験して、「京都らしさとはなにか」を理解した。

雅なものが京料理だと思われがちだが、本来は地味なものだと髙橋さんは話す。素材の味を大切にしないと、京料理の真髄にはたどりつけないのだ。

「それは、ねりみそも同じ。素材の味を追求したらこうなる、というねりみそを作っているつもりです」。

髙橋宗孝さんと利香さん。「家内は料理上手なんですよ」とのろける宗孝さん。自他ともに認めるおしどり夫婦だ。

■料理人としてどう生きるか 闘病で得た死生観

25歳から木屋町の料亭「幾松」に。「怖いもの知らずでしたね」と笑うが、その間にはオーディションを勝ち抜き、かの有名TV番組「料理の鉄人」に出演したことも。しかし、料理人として脂の乗った39歳の時、病魔が髙橋さんを襲った。病名はヘアリーセル白血病。10年ものあいだ、入退院を繰り返しながら闘病と仕事を両立。治療を終えたのは50歳。それを機に先斗町の店を辞め、生まれ育った壬生に店を構えた。

本来ならば祇園で料理屋を営んでいてもおかしくない経歴。しかし体力的に板場に立つのは難しいという判断から、かねてより好きな仕事でレパートリーも豊富だったねりみそ作りを生業にした。

「ねりみそを選んだ理由は美味しいだけでなく、食文化の継承という意味もあります。病棟で毎日、多くの人が亡くなるなか、『生き残った私にできることはなにか』を考えた末での選択です」。

第2の料理人生。「利香庵」という屋号には秘話がある。「入院していたとき、家内は本当によくしてくれた。本当に感謝しています」と少し涙ぐむ髙橋さん。屋号は命の恩人である妻の名だった。さっきまでは甘かったねりみその味が、少ししょっぱくなったような気がした。

(2019年11月10日発行ハンケイ500m vol.52掲載)

店は工房兼ショップに。みその香りが出迎えてくれる。

ねりみそ工房 利香庵

京都市中京区壬生森前町23-16

▽TEL:0758746155

▽営業時間:9時半~14時半

▽定休:日・木