きょうの挑戦者たち

精巧な再現性を誇る印刷技術「コロタイプ」を守り、発信することで文化財の可能性を未来につなぐ。

■山本修(やまもと・おさむ)さん

1960年生まれ。便利堂コロタイプ研究所所長。高校卒業後、便利堂に入社。以来42年間、コロタイプ印刷に携わる。撮影、印刷、製版などあらゆる分野を学ぶが専門は刷り。コロタイプの会の設立には当初から関わり、印刷の現場に最も精通する第一人者として、コロタイプ技術の保存と普及に努めている。

数多くの文化財がひしめく古都京都。日本中で、京都の2社のみが手がける印刷技術が、文化財の複製で活躍している。すなわち19世紀中ごろに発明されたコロタイプ印刷で、精巧な再現性と耐久性が最大の特徴だ。京都でコロタイプ印刷は寺社仏閣の絵葉書作りで発展した経緯がある。近年、一般向けの印刷物はコスト重視の大量印刷技術が主流になった。しかし美術品の複製では、手間をかけた、本物と見違えるほど精巧なコロタイプ印刷が重用されている。

サンプルの絵葉書を刷る様子。コロタイプ印刷では、ゼラチン製の版の凹みにインクを塗り込める。拡大すると網点が見える大量印刷とは異なり、濃淡や筆致が原本同様に再現できる。

この技術を発信するため、2003年、「コロタイプ技術の保存と印刷文化を考える会(以下、コロタイプの会)」が設立された。事務局を務める山本修さんが所属する便利堂は、日本で唯一のコロタイプのカラー印刷技術をもつ。

実は、文化財の復元でもコロタイプ印刷は活躍する。戦後、法隆寺金堂壁画が火事で損傷する衝撃的な事件があった。しかし、あらかじめ原寸大に撮影してあった記録写真を元に、1967年、壁画の精巧な復元が実現。「コロタイプ印刷でなければ、国宝の価値を伝えることは難しいでしょう」と山本さん。

コロタイプ印刷で複製した魯山人の絵。左が退色した原画で、右が退色前の色をコロタイプ印刷で復刻したもの。5枚の版を重ね、色彩の濃淡はインクの多寡で表現した。版を分けて刷る多色刷りのやり方は、浮世絵によく似ている。山本さんは「墨跡に込められた、書き手の息遣いまで再現できたら、最高ですね」と話す。

厳重に保管された文化財が陽の目を見るのは数十年に1度のことも。気軽に閲覧できない文化財だが、紙裏から透ける文字までもの精緻な再現があれば、研究者による発見の可能性が広がる。

「実物そのものの複製があれば、どんな研究のアプローチでも対応できる。脆く失われやすい原本と、多くの人が等しく文化芸術に触れる機会を両立していくには、精密な複製が不可欠なのです」。

コロタイプの会は、文化財を未来へつなぐ挑戦を続けていく。
(2021年9月10日発行ハンケイ500m vol.63掲載)

<共同編集長コラム>

「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」という言葉がもてはやされています。「デジタル」とはそもそも、「数字で表すこと」を意味しています。それは「情報を数値化すること」と言えるかもしれません。数値化された情報を、瞬時に、世界中に発信できるデジタル技術は、現代の私たちにとって欠くことのできないものになりました。でも一方で、「数値化できない情報は、どこに行ってしまうのか?」と、言いようのない不安を覚えることがあります。人の手が生み出した芸術作品と、その息遣いや温度まで伝わるようなコロタイプ印刷の可能性に挑み続ける便利堂の山本修さん。DX時代にあって、アナログだからこその表現を追求する山本さんの挑戦は、人間の根源に訴えかける温もりに満ちています。(龍太郎)

気持ち新たにタイトル変更! 「縁の下の力もち」から「きょうの挑戦者たち」へ

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