<出会う>京都のひと

「特に口元が難しい。美人の女性に会うと、顔ばかりみてしまいます」

現役の能面師が指導する、能面塾。
能面塾如山会 会長 梅原如山

■小面は本当の美人

能面をつくる梅原如山(うめはら・にょざん)さんは1939年生まれの80歳。祖父から大工で下鴨の実家には木材が多くあり、その端材で鳥の巣箱を作る手先の器用な少年だった。能面師を本格的に志したのは20代後半という。なんとその前は京都市の消防士をしていた。米寿(べいじゅ)とは思えぬがっちりとした体躯に、当時の面影が残る。

室町時代、龍右衛門作と伝わる雪の小面。小面の最高傑作とされ、秀吉が収蔵していた。

■消防士を辞め、能面師の道に

古典芸能が好きな親戚の影響もあり、伝統工芸には前々から興味があった。
「はじめて触れた能面は20代前半の消防士のとき、カルチャーセンターで伯父が作った『小面(こおもて)』でした。決して上手ではない作品でしたが、伯父の意外な才能に驚きましたね」。

小面とは10代の初々しい少女の能面のこと。室町時代、龍右衛門(たつえもん)作の「雪の小面」が古典の名品として知られる。

「おもしろそう」、能面を作りはじめたのは、とてもシンプルな動機からだった。当時はまだ消防士だったが、完成した小面を能楽師に見せたことから、人生が動き出した。「勢いのある面やな」。その言葉に背中を押され、さらにのめり込んだ。それから4年ほどで辞職。出世頭だったというのもあり、周囲の人たちからは反対の大合唱、応援してくれたのは妻の富子さんだけだった。でも、退職してからでは遅い。意志は固く、能面づくりの道に進みたい、という思いは決して揺るがなかった。

それからというものの、取り憑かれたように今までやってきた。「超特急だったね」と振り返る。能面は貸し出しが主流で収入にはならないため、塾を開いた。最も多い頃の生徒数はなんと100名ほど。日本人だけでなく、来日の際に必ず訪れるドイツ人の塾生もいた。

バラエティ豊かな能面。上段左端から増女、泥眼、孫次郎、近江女、下段左端から山姥、顰、大飛出、般若。

■あどけない少女 小面に魅せられて

面の種類はおよそ60種。一通り作ったが、「能面は女面が命」と言い切る。なかでも思い入れがあるのが前述の小面だ。如山さんは小面に魅せられ、今なお理想の面を追い続けている。

「あどけない少女、小面は本当の美人だから。その面らしさを大切にしています。古典に忠実でないといけない。作家性を出すと、それはもう小面じゃない」。

目の長さや墨の入れ方、たった0.1ミリで、能面の印象がガラリと変わる。「特に口元が難しい。美人の女性に会うと、顔ばかりみてしまいます。リアルな人間の表情が参考になるので」。

演目「龍田」、面は梅原さん作の増女。美山かやぶき薪能での一幕。

よく無表情な人を能面顔と呼ぶが、それはまったく違う、と如山さん。能面には表情がある。能面をつけて舞う能楽師を、生かすも殺すも面次第だ。80歳の如山さん、自己評価は甘くない。

「ある程度は進歩しているかな。でも、まだ道半ば。一生現役でいたい。刃物を持てなくなったときが、やめるとき」。観る者にそっと語りかけてくるような面。終わりなき道を、これらからも歩く。

(2020年7月10日発行 ハンケイ500m vol.56掲載)

面打ちと呼ばれる能面づくりは、木材選びから加工まで、全ての工程を職人ひとりが行う。塾では大体3~4ヶ月をかけて一面を制作する。体験入門も随時受付。

能面塾 如山会

京都市左京区下鴨東高木町12
▽TEL:0757210729

もよりバス停は「高木町」