ヤノベケンジの世界から語る現代アート

vol.10 太陽の塔、乗っ取り計画

太陽の塔、乗っ取り計画

2003年、強風吹き荒ぶ中、太陽の塔の目玉に到達したヤノベ。図らずも、この年は鉄腕アトム生誕50周年。アトムは爆弾を抱えて太陽に突入した。ヤノベのアトムスーツも太陽の塔に融合するかのように、その日からなくなった。
Photo: 豊永政史

大阪万博開催時、万国博美術館として建設され、閉幕後、国立国際美術館となっていた建物が老朽化したため、2003年、現在の中之島に移転させる計画が進んでいた。独自の万博の廃墟体験から作品を創作してきたことで、キュレーターたちから注目されていたヤノベは、移転前の最後の企画展を要望された。ヤノベの想像力の原点だった万博跡地での展覧会は、まさに奇跡的な機会だ。「できるだけたくさんの作品を会場に展示したい」。ヤノベの創作してきた作品は、未来の廃墟を見た少年の想像力から生まれた、未来を生き残るためのサヴァイヴァルツール。車や電車、シェルターなど、生活必需品の機能を持った作品は、そんな意味が込められていた。それらを一堂に展示すれば、万博会場の廃墟に、ひとつの「妄想の都市」が立ち上がるのではないか。ヤノベはこの展覧会に自分の人生を懸ける思いで挑んだ。

もうひとつ、この会場でヤノベの人生に大きな影響を与えたもの。それは丹下健三の「大屋根」をぶち抜き、頭を突き出す岡本太郎の「太陽の塔」だ。美術館の前に聳え立つ、70mもの大きな塔にどこまで対峙できるのか。展覧会を企画するヤノベにとって、それが大きな課題となっていた。

 

1970年の万博当時、観客は、生物の進化の過程を辿る展示物が取り付けられた、巨大な「生命の樹」を過去、現在へと眺めて塔を上った。そして、塔の右腕の出口から大屋根につながる未来の世界へ導かれた。しかし、大屋根は撤去、出口はコンクリートで塗り固められていた。いわば太陽の塔には、もう未来の出口はない。それはアメリカ軍がイラクに侵攻し、再び戦争の時代が始まったという2003年の閉塞感を表しているようだった。

かつて岡本太郎は、ベトナム戦争が激化した1967年、ワシントン・ポストに載せる反戦広告のために「殺すな」と書いた。自分には今どんなアクションが起こせるのだろう。そんな模索をしていたヤノベは、太陽の塔に挑んだある男のことを思い出した。その男は「目玉男」と呼ばれ、万博開催時、無断で太陽の塔の目玉に上って腰掛け、「万博をぶっ潰せ」と叫んでストをした。彼はなぜ目玉まで上ったのだろう。目玉という別の出口から未来を見たこの男は、単身で太陽の塔と闘ったようにも思える。ヤノベは強い関心を持ち、フィールドワークとして彼に会いに行くことを決意した。頼りは男が北海道旭川市出身という情報だけだった。極寒の地で老人になった「目玉男」と幸運にも会えたヤノベは、そこでインタビューを果たした。反戦、安保闘争という時代背景、身分や動機を少しずつ話す彼に、死をも覚悟して反体制の意志を貫いた力強さを感じた。同時に自分には目玉からいったい何が見えるのだろうと考えた。

そして、ヤノベは「太陽の塔、乗っ取り計画」と称し、男と同じように目玉に上ることを実行する。チェルノブイリのときと同じアトムスーツを着て、2003年、遂にヤノベは太陽の塔の目玉に腰掛けた。強風で足がすくむ中、アトムスーツを着た自分を振り返った。世界の危機を警告するように生まれたアトムスーツだが、今まさにそれを必要とするような不穏な時代に自分はいる。メッセンジャーのようにアトムスーツを着る必要はもうなくなった。ヤノベはひとつの終結を感じ、それ以後アトムスーツを二度と着ることはなかった。

2020年1月10日発行 ハンケイ500m vol.53 掲載)

 

ヤノベケンジ

現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。『福島ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭2013』、『あいちトリエンナーレ2013』に出展。

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