〈祇園祭を支える職人の技〉

1万本の絹糸が生み出す西陣織「水引」 祇園祭を支え続ける京都の底力、鷹山復興の軌跡

■龍村美術織物 岩間利夫さん、大西聡さん

「動く美術館」とも呼ばれる祇園祭の山鉾巡行。華やかに飾る懸装品の中でも、ひときわ目を引くのが色とりどりの紋様に彩られた幕。度重なる災禍で失われた鷹山の幕「水引」を手がけたのは、京都が誇る西陣織の名品を生み出し続ける龍村美術織物。機を織ったのは、同社の選りすぐりの職人、岩間利夫さんと大西聡さんだ。

龍村美術織物の岩間利夫さん(右)と大西聡さん(左)

今回の鷹山の懸装品では、鳥と花の紋様が特徴的な「二番水引」を岩間さんが、鮮やかな金襴が白地に映える「三番水引」を大西さんが担った。
手織りによる西陣織の制作は、まさに職人仕事の極みといえる。1枚の水引に使う絹糸は約1万本、一日に織れるのはわずか10センチほどという。毎日ひたすら織機に向かい、約3カ月の期間を経て完成した。

手織りによる西陣織の制作は、まさに職人仕事の極み(撮影:三木千絵/京都新聞社)

西陣に生まれ、父も同じく西陣織の職人だった岩間さんはこの道60年。「何もかもを忘れて、ただ織ることに集中する。たて糸の張り具合やわずかな力加減が、仕上がりに出ます」と話す。
一方、「物づくりが好きで、この世界に入りました」と話す大西さん。絹糸を重ねることで多彩な立体感を表現する西陣織の技を追い求めて、20年あまりが過ぎた。「織物の端を見ると、織った職人の性格が分かる。リズムよく、ひと越しひと越しを丁寧に進めていきます」と語る。

一日に織れるのはわずか10センチほど。鷹山の水引は、完成まで約3カ月の期間を要した(撮影:三木千絵/京都新聞社)

いくつもの時代を超え、受け継がれてきた西陣織の手織りの技。「いつも通りに織るだけです。それでも、歴史に残る仕事に関われたことは、感無量。身が引き締まる思いです」。いかにも職人らしい岩間さんの素朴な言葉のうちに、祇園祭を支え続ける京都の底力を見た。

華やかに飾る懸装品の中でも、ひときわ目を引く幕「水引」(京都府京丹波町・安井杢工務店)

疫病退散を祈る祇園祭。昨年に続き新型コロナウイルスの影響から、山鉾巡行や神輿渡御は中止となりました。平安時代の御霊会から千年を超えて続く祇園祭は、幾度もの災禍を乗り越え、その姿を変えながらも歴史をつないできました。来年は約200年ぶりに復原された鷹山が巡行復帰を予定しています。変化の時代にあって、歴史を守り伝えるために。祇園祭を裏方として支える人々の、新しい挑戦が始まります。
〈文/龍太郎〉

不自由な時代だから、寄り添う「祈り」を大切に

八坂神社権禰宜(ごんねぎ) 東條貴史さん

新型コロナの収束が見通せない中、今年も神輿渡御は中止としました。しかし、疫病退散を祈るという本義を守るため、昨年と同様に、榊を白馬に乗せた「神籬(ひもろぎ)」によって御旅所まで赴き、御神霊をお祀りします。
869(貞観11)年の「祇園御霊会」以来、幾多の困難を乗り越える中で変化を経て、今日まで祇園祭は続いてきました。昨年は本殿が国宝となる慶事もあり、改めて、祇園祭を通した氏子とのつながりの深さを感じています。
人々をつなぐ要として、新型コロナ禍で不自由な生活を強いられる方々に寄り添うような「祈り」を届けたいと願っています。


いつの時代も祇園祭とともに、文化と技術の継承こそ責務

祇園祭山鉾連合会 理事長 木村幾次郎さん

祇園祭を引き継いでいくのは、何よりも「人」です。縄絡みと呼ばれる伝統的な技を用いる山鉾建てをはじめ、次の世代の人たちへ技術や文化を継承して行くことは、祇園祭に携わる人間の責務です。2年続けて山鉾巡行は中止となりましたが、技術継承のため、山鉾建てについては行うことにしました。
京都の町並みがどれほど変わろうとも、祇園祭の山鉾は変わりません。来年は鷹山が後祭巡行に復帰し、全34基で山鉾巡行を行う意義深い年となります。
いつの時代にあっても、皆さまに祇園祭を見て頂けるように。変化を受け入れながらも、変わらないものを大切にしたいと思います。

<わたしたちは祇園祭を応援しています>