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少数派だけど、芯をとらえる独自の目線…今の時代を切り取る「半径○メートル」に熱狂する理由

NHK総合の金曜夜のドラマ10「半径5メートル」は熱狂度が高く、賞賛の声が目立つ。京都のフリーマガジン『ハンケイ500m』編集部は、その名前の類似性に注目。「半径5メートル」制作統括の勝田夏子さんに『ハンケイ500m』円城新子編集⻑がインタビューした。

NHKのドラマ「半径5メートル」は、女性週刊誌の若手編集者(芳根京子さん)とベテラン記者(永作博美さん) が、読者の身近な話題に体当たりで向き合っていく姿を描く。出張ホストや子どものSNS、名誉毀損など、時事性の高いテーマを取り上げ、話題を呼んでいる。
ドラマ10「半径5メートル」NHK総合 金曜夜10時〜

■女性の身近なことの象徴としての、「半径◯m」

−今年の4月、テレビドラマ「半径5メートル」の放送が始まった直後、主人公が女性でもあり舞台が出版社でもあるという共通点から、なぜか私たちのほうへの反響が大きく、「『ハンケイ500m』とどういう関係があるのか?」という問い合わせがたくさん入りました。私たちもうれしくて、こんな企画を立てた次第です。

勝田 そうでしたか。今回の取材依頼をいただいて『ハンケイ500m』を初めて知ったのですが、おもしろそうな雑誌ですね。

−ありがとうございます。それでは早速、なぜ「半径5メートル」というタイトルになったのでしょうか?

勝田 「ドラマ10」は30代以上の女性をターゲットにした枠です。取材をするうちに、女性週刊誌の「2折(におり)班」の方が、「女性の半径5メートルにあるお困りごとに迫るのが私たちの仕事なんです」とおっしゃっていたのが、おもしろそうだなと。
大所高所から大上段に物事を語るというのではなく、自分の足元、身近なところから世の中を見るという目線は大事だなと思いました。

ドラマ10「半径5メートル」より。提供:NHK

【2折班】時事的なニュースを掲載する週刊誌は、全ページを同時入稿したら、記者も印刷所も忙殺される。そこで、時間差で、折(おり=印刷の単位。週刊誌の場合は16ページが1単位であることが多い)ごとに印刷所にデ ータを渡すことが多い。いちばん最後に印刷所にデータを渡すのは、芸能や社会の最新ニュースが入る「1折」で、担当チームは「1折班」と呼ばれる花形。一方で、1折ほどの時事性が要求されない、生活に基づいたニュースを扱うチームは、「2折班」と呼ばれる。

勝田 「半径5メートル」のチーフ演出である三島有紀子さんは映画監督として活躍しておられますが、ある映画関係者の男性に「女性監督は半径5メートルのことだけ撮っていればいいんだ」と言われたことがあるそうです。差別的な文脈で言われたようですけれど、逆に「半径5メートルについて撮影して、何が悪いんだ」と。自分の身近なことを大切にする視線を忘れてはいけないと思うのです。
また、「自分の半径5メートルが、誰かの半径5メートルとつながっているかもしれない」という感覚も大事かと。
たとえば「セクハラ」という言葉が生まれる前、セクハラをされた人、見聞きした人、不愉快に思っている人みんながそれぞれの半径5メートルのなかで、言葉にならずにもやもやしていた。でもセクハラという名前がついて共通の体験として認識されると、個々の半径5メートルが重なって、社会の力になることがある。そういうところに迫りたいと思ったのです。

−女性の身近さの象徴として「半径5メートル」という言葉を選ばれたんですね。私も身近という意味で「ハンケイ500m」と名付けました。京都のそのバス停から半径500mは歩ける距離です。距離は違えども、その身近さという意味では親和性を感じます。

ドラマ10「半径5メートル」より。提供:NHK
■「半径」は、時代の気分を反映する

勝田 「半径5メートル」は新型コロナによるステイホームの時期に立てた企画でした。家にいると、自分の身の回りの「半径5メートル」に強い意識が向くようになる。自分自身もソファを買い替えたくなって、家具屋さんに行ったら「そういうお客さんが増えてます」と。足元を見つめなおすキャッチ―さがある。
吉本興業さんも、このコロナの時期に映画『半径1メートルの君 上を向いて歩こう』を公開されましたよね。 SDGsを考える高校生団体は「50 cm.」という名前で、「身の回り半径50cmから行動を」と呼びかけています。 「半径〜」という言葉が、時代の気分を反映しているんじゃないでしょうか。

−10年前、「ハンケイ500m」はいわゆる観光地でない京都を、地元の目から見てみようという考え方で始まりましたので、身の回りを見るという目線に共感します。女性にとって、という部分は、勝田さんが重視したところですか?

勝田 もともと「ドラマ10」は、女性により多く共感していただきたいというねらいのある枠なので、入り口として女性は意識しましたが、第1話の「おでんおじさん」などでも、地に足の着いた目線で男女問わずさまざまな生きづらさを描いていくなかで、世の中が見えてくることにはこだわりたいなと思っています。

−(「ハンケイ500m」副編集⻑の呉が発言)横浜出身の私としては、「舞台が東京らしいドラマだなあ」という印象を受けました。閉塞感や男性社会の息苦しさに共感しつつ、地方に来たほうがもう少し楽に生きられるという実感があります。

勝田 私自身、大阪局に5年いたことはあるんです。とはいえ勤務地は NHKですから、それほど大阪を深く見たとはいえないのかもしれません。確かに、大阪や関⻄のほうがより「アジアスタンダード」。いい意味でゆるや かな感じがありますね。関⻄のほうが、東京ほど腹にためこまずにものを言う文化があるのかもしれません。
ただ、自分には、「東京よりも関⻄のほうが、男性社会が顕著ではない」という印象はありませんでした。でも、女性が思っていることをその場で発言して改善していく風土は、東京よりも関⻄のほうがあるのかなあ? 言われて初めて気づきましたけれど。

−京都人は「思っていることを言わない」という全国的なイメージがあると思いますけれど、思っていること は顔に出ます。働いている人も主婦も、京都の女性はわりとはっきりものを言います。

勝田 そうなんですね(笑)

−私がドラマを拝見して感じたのは、他者と比較して意識して、自分自身を評価するという点が東京らしいな、 と。私自身は他者や誰かを「ライバル視」という感覚はありません。それは、大都会でない、京都程度の経済規模だからなのだと思います。「自分がなにをやりたくて、それがきちんとできているか?」はとても大事ですが、 「ライバル社や他部署と比べて自分がどうか」という感覚はないですね。「小さな経済であるがゆえに、自分自身との戦い」とでもいいましょうか。

勝田 ああ、なるほど。もしかしたら、ご指摘いただいているのは、東京か地方かという話ではなく、大企業病という点もあるでしょうね。

■マスコミからミニコミの時代へ
勝田夏子さん。オンラインで取材に応じてくれた。(イラスト:呉玲奈)

−勝田さんは、ドラマという形式に思い入れはおありですか?

勝田 フィクションだけれどリアリティはもたせたいと思っています。もともとテレビ屋のはしくれなので、テレビドラマであってもジャーナリスティックな部分が必要なのかなと。公共放送なので、世の中の問題をドラマで吸い上げて表現したいという思いがあります。

−私、勝田さんの手掛けられた『半分、⻘い。』はまさにその世代なんです。「自分のことや!」と思って見ていました。

【『半分、青い。』】2018年にNHKで放送された「連続テレビ小説」。脚本家北川悦吏子さんのオリジナル作品で、大阪万博の翌年(1971年)に生まれたヒロイン楡野鈴愛(永野芽郁さん)が、高度成長期の終わりから現代までを駆け抜け、一大発明を成し遂げる半世紀の物語。勝田さんが制作統括を担当した。

勝田 ああ、円城さんは私と同世代ですね。私、『男たちの旅路』の山田太一さんの作品が好きでした。あと、向田邦子さんの作品も好きでした。なので、NHKに入る動機のひとつに、「大人っぽい、社会派のドラマが作りたい」という思いがありました。

−ああ、お互いドラマ全盛期に育った、同世代です。では、今、勝田さんは、かなりご自身がなさりたいことは実現できている状況ですね。

勝田 はい、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともありますけれど(笑)。コロナになって最近思うのは、大きい会社でなにかをすることに限界があると感じています。自分はもうつぶしが効かないのでNHKという組織にしがみつくしかありませんが、今の30代以下の人たちは新しい道を切り拓いていくのだろうなと感じます。今の若い人たちに期待がありますね。これからは、マスコミよりもミニコミの時代なんじゃないかなと。

ドラマ10「半径5メートル」より。提供:NHK

−マスなコミュニケーションよりも、小さなコミュニケーション。そこからコミュニティをつくっていくというのは、まさに私たちの試みに重なります。『ハンケイ500m』に、励みになる言葉をありがとうございます。
先ほど「若手に新しい道を」という話がありましたが、NHKは優秀な若い方を輩出しておられる印象があります。認知症の方による「注文をまちがえる料理店」の小国士朗さんは有名です。また以前、私たちが発行している『おっちゃんとおばちゃん』17号にご登場いただいた岡﨑拓也さんはNHKのディレクターを退職して、通信・定時制高校に通う高校生の支援をするNPO団体で活躍しています。

勝田 そういっていただけるとありがたいですね。NHKは受信料に支えられているので、市場原理とは違う論理で若手が挑戦・成⻑しやすい環境なのかもしれません。

−確かにそうですよね。私たちは、企業様から協賛いただいて、いかに読みごたえのあるフリーマガジンを続けていくかに知恵を絞っています。気分としては自主制作の映画です。「こういう映画を撮りたいから、一緒に作りましょう。応援してください」という話ができるような、信頼を築くことにがんばっています。

勝田 そういうところで企画力は鍛えられるのでしょうね。

−ありがとうございます。最後に、今後の展望についてお願いします。

勝田 今回『半径5メートル』では身の回りの小さなもやもやについて取り上げましたが、王道のやり方ではないので、台本作りも大変でした。「わかりやすさ」が全盛の時代ですが、これからもわかりにくいものにも積極的に挑戦していきたい、という思いが強くなりました。「いわく言い難いもの」、もやもやしたもの、すぐに答えが 出ないもの、動かしにくいものにより迫っていきたいですね。

−なるほど。今回お話をお聞きして、勝田さんの「マスコミよりもミニコミ」の言葉にとても自信が湧いてきました。ありがとうございました。


「半径5メートル」と『ハンケイ500m』。「偶然、名前が似ている」がきっかけの対談だが、似ているのには理由があった。企画者が女性であること、そして一般的に取り上げられにくいことにスポットを当てるという目線、「半径○m」誕生の裏側といった共通点。少数派だけど芯をとらえる独自の目線だからこそ、いずれの情報発信にも、熱狂度の高いファンがいるのだ。いよいよ最終回を迎える「半径5メートル」、これは見逃せない。

ドラマ10「半径5メートル」 NHK総合 金曜夜10時〜