ヤノベケンジの世界から語る現代アート

vol.02 母胎内回帰 タンキング・マシーン

Tanking Machine(タンキング・マシーン)

生理食塩水、鉄、プロパンボンベ、防毒マスク、ゴム、他
H212×W227×D248cm 1990年
photo:Shin Kurosawa

ヤノベケンジが中学生のころ、ちょうど封切りになり世界的なブームを巻き起こしたスター・ウォーズ。この映画をきっかけに、彼はSF映画に没頭した。アニメでは「地球滅亡まであと何日」というフレーズが盛んに叫ばれ、いわゆる世紀末思想、未来のサバイバルをどう生き抜いて行くのか、そんな物語が彼の日常を取り巻いていた。ワクワクするSFの仮想空間の中で過ごしながら、いつしかヤノベケンジは「SFオタク」になり、ユニークな創作活動へと入っていった。

最初に手がけたのは、自身で仮面ライダーやバルタン星人のキャラクターに扮装することだった。「仮面ライダーには、洗い物に使うキッチン手袋を使った。高校時代は、見様見真似で素材を集めて、いろいろなコスプレをしていたね。SF映画のセットを作りたいと真剣に思った時期だった」。

好きこそものの上手なれで、創作クオリティーは年々上がり、本格的になっていった。「こういう仕事に就くために、もっと立体や工作の勉強をしたい」。意欲に満ちて、京都市立芸術大学の彫刻科に入学。入ってみると、当時の日本の映画界は、ハリウッドと比べて圧倒的にSF映画のセットを作るチャンスが少ないことを知る。

高校2年生のとき。仮面ライダーとバルタン星人のコスプレに挑戦。

「造形物や物語を構築するのなら、美術という自由な表現世界の中で、自分だけの世界を作っていってもいいんじゃないか」。

このときから、ヤノベケンジは現代アートの世界へ身を投じ、1990年の夏、白いガスマスクを装着した、ヒト型のメディテーション・カプセル「タンキング・マシーン」を発表した。内部は2トンにもおよぶ人肌にあたためられた羊水と同じ濃度の生理的食塩水に満たされている。人が実際に中の空間へと入り込み、視覚、聴覚、触覚の感覚機能を剥奪された状態で浮遊しながら瞑想状態に入ることができる。「誰かが作った造形物を映画のセットとして作るのではなく、自分でオリジナリティーのあるものを作ろう」。自分の美意識と向き合い、 ゼロから作り上げた作品だった。

時代はジャパニーズポップカルチャーのアートシーンが構築されようとする黎明期。ヤノベケンジは、「タンキング・マシーン」で、まさにそれを担うひとりになった。

2018年9月10日発行 ハンケイ500m vol.45 掲載)

 


ヤノベケンジ

現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。『福島ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭2013』、『あいちトリエンナーレ2013』に出展。
https://www.yanobe.com/